第2話

一方その頃、新澤探偵事務所。

昏先と探偵は、先の【肋骨の無い死体】の事件について、意見を交わし合っていた。


「肋骨が無い、目立った外傷もない。更に、犯人が無理矢理手を掛けた痕跡もない……」

「被害者の肋骨以外、盗まれたものも無い。……肋骨だけを狙ったなら、相当な猟奇殺人になる訳だが……」

「「どうもこの事件、」」


二人とも同じ事を思っていたらしく、言葉は微妙に重なって響いた。

と、そこへ眠そうな螭子が近寄ってくる。彼女は受付だが、あまり働いていない。


「探偵さんお腹空いた。お金ちょーだい」

「月末まで待ってくれ。給料日はそこって決めたじゃないか」

「新澤く〜ん、なんかおごってよ〜」

「オレの財布ももぬけの殻っスよ。おごるなんて無理っス」

「ちぇー、みんなケチんぼなんだー」


螭子がここまでお金に執着するのも無理はないし、それを分かった上で新澤はこの龍の少女を事務所で雇っているのだが、それにしてもやはり金金と言い過ぎな気もする。

焦っているのを隠す様な仕草を見るたび、彼の心はひどく痛むのであった。




「ねぇ結夢、暇なんだけど」

「私も暇だけど。……いや前言撤回。あんまり余裕ない」


娯楽の限りを尽くしてズル休みを謳歌しようとしていた結夢と湊だったが、いよいよ万策尽きて、結夢はテスト勉強に逃げた。

ボーイズラブの話は、結夢は興味が無いのである。


「ねーねー、ハルヤとミツヒサの恋路について夜まで語り明かそうってばー」


好きな漫画の登場人物の名前を挙げ、足をパタパタさせる湊。

だからあまり好きじゃ無いんだってば、ボーイズラブ。

湊は面白いし悪いヤツでは無いのだが、少々クセが強い。

誕生日プレゼントに巨大な国語辞典を要求したり、バレンタインデーに何故かブランデーを送りつけて来たりするのだ。

感性は常人のそれでは無い……というと流石に無礼が過ぎるが、少しというのが結夢の中での不来江湊であった。


「……ねぇ結夢、さっきの事件現場、行ってみたくない?」


唐突だった。彼女は先程テレビで見たあばら骨消失死体の現場に行きたい、と言うのだ。


「えぇ、いくらなんでも不謹慎だよ。肋骨無いんだよ?どう考えてもヤバい事件じゃん」

「不謹慎って……ズル休みしてる私達こそ不謹慎じゃない?」




と、言いくるめられた結夢は湊と隣街まで、変装して電車で遠出した。

事件現場は駅からすぐ近くの三階建てアパートで、部屋は三階の304号室であった。


「……正面からじゃ入るのは無理か。

よし結夢、ボルダリング出来る?」

「んな無茶言わないでよ。危険過ぎる」

「それが最っ高に楽しいんじゃないの」


駄目だ、何を言ってももう湊の耳には届かなくなってしまった。

結夢はしかしボルダリングなど出来るはずもなく、至極まともな手段に打って出た……そう、正面突破である。

一番身の危険が無く、非常識の中では最も安全かつ一般の範疇はんちゅう内での方法であった。


「……ねぇ湊、おかしいよこの部屋」

「何が?」


下にいる湊は、発言のまま壁をよじ登ろうとしていた。つくづく変人だ。


「なんでだろ、死体そのまんま置いてある」

「マジ!?ちょっち待って、すぐ登るから」


女子高生とは到底思えない化け物の様な形相で一気に、坂道でも駆け下りるかの如き速さで見事(?)壁をよじ登り切った湊。

その勢いで三階の通路に降り立つと、彼女はドアに付いているレンズを覗き込んだ。


カーテンから差し込む薄明かりの中、茶の間と思しきスペースに横たえられた、顔の覆われた人影が一人。

その姿を見るや否や、湊の顔から期待の色がみるみる褪せていった。


「……なんだ、こんなもんなのか」

「え?」

「どした?」


私は咄嗟とっさに聞いてないフリをかましたのだが、この時彼女が言った言葉は割にハッキリと聞き取っていた。


「……見て満足したか、悪戯JK二人組」

「「!!!」」


背後からかけられた声は、刹那の防衛本能を搔き消す様にまた紡がれた。


「高校にはしっかり行かなきゃダメだろ結夢、そして……君は?」


声をかけられた湊は顔を紅潮させて、ボソボソと『こ……こずえみなと、です……』と自己紹介した。

その反応も仕方がない。そこにいた男は湊のモロタイプ、真面目そうな年上・保護者臭のする男性だったのだから。


「湊ちゃんか。俺は警察なんだけど、少し署でお話ししないか」

「喜んで!」


いや喜んじゃ駄目でしょ、不審者扱いされてんのよ。

その男……昏先蒼羽に目を配せ、『私、主犯じゃない』アピールをすると彼は、少し呆れた様子で、『そういう問題じゃない』と、深い夜色の目で訴えてくるのであった。

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