2.綺麗なアバラにはトゲが……
第1話
その日、とあるアパートの一室で男がひっそりと命を落とした。外傷は無く、警察は当初自殺と考えた。
だが、司法解剖を行うと考えが変わった。
その死体には、肋骨が無かったのである。
……事件発覚翌日の昼。
路地裏にあるその探偵事務所に、いつもはいない人物がいるのを見て、
「……という訳なんだが化猫、探偵をやっているお前の意見が欲しいのだ。
何分、俺は知っての通り鳥頭でな。手帳に一切を書かなきゃ忘れちまう。現に俺はもう、現場の雰囲気がどんなかも忘れちまった」
「そう落ち込むな。それでも警察出来てるんだ、優秀な方だと思うぞ。
……隠れてないでこちらへ来なさい、結夢」
最初から探偵は結夢に気付いていた様で、彼女を呼ぶ声は、悪戯をした子供に対して向ける、愛くるしい感じのこもった笑いが含まれていた。
気恥ずかしくて結夢は頬を赤くしながらも、おどおどと探偵たちの前に姿を現した。
「……お、おはよう……ございます」
「おはよう結夢。気分はどうかな?」
「至って健康です、毒漬けなのに」
客人はそのやり取りを見ていて、そして結夢の姿を見るなり驚いて口が開いてしまった。
「人間……だよな。化猫、いつの間にこんなお嬢さんを?」
その言葉の内に、明らか厭人の念があるのは何故だろう。結夢はその男の顔をつい、まじまじと見てしまう。
少し癖のある茶髪を少し長めに切り整え、スーツをぱりっと着こなす姿はまさに若い社会人である。……が、探偵さんと知り合いという事は少なくとも事情持ちである事は明白であった。
「彼女はこの前の依頼人さ。死んでしまったんで、
「新澤……あれほど言ったのにまだやっているのか。後でお灸を据えてやらねばな」
「けーじさん、あんまり腹立てると寿命縮まるよ?」
「宇壌……?随分退化してないかお前」
どうやらそれぞれ、この男とは知り合いであるようだ。仲の善し悪しはさておき、だが。
それよりも結夢は、螭子の言った言葉が気になった。
「けーじ……警察の方ですか」
「いかにも。俺は【警視庁怪事件捜査課】の捜査官・
いや、名字しか名乗ってないじゃん。
どうやら彼はクソ真面目だが天然らしい。
「あー……、名前は
「蒼羽は少しだけなら読心出来るんだ。……あの日から、だったね」
「その話はしない約束だぞ化猫。アイツはまだ…………生きているんだから」
話が突然止まり、空気が刹那の間に
言葉が事務所から消え、何も知らない私だけが呆然としてしまう。
アイツ……恐らく、あの日以前から読心が出来た人物の事だ。
だがその妖はもう居ないのだろう。或いは……いや、考えるべきでない事なのかも知れない。
私はすいません、と小声で謝り、探偵事務所をあとにした。
その日はどうも、高校に行く気になれなかった。彼らの暗い過去の片鱗を間近に感じ、結夢は空気の重さに溺れかけ、現実の岸辺に新鮮な空気を求めたのである。
ところが路地裏から表通りに出るとすぐ、結夢はあまり会いたくない顔と鉢合わせた。
クラスメイトで優等生の
「あっ、サボり魔!!」
「人聞きの悪い事言わないでよ。大体不来江さんだってこの時間に学校の外にいるのはおかしいんじゃないの」
その時、まだ時刻はAMであった。
本来なら結夢も湊も、同じ教室の中で仲良く数式の海に脳みそを漬けているはずなのである。
だのに彼女達二人は揃いも揃って、似た様な理由で学校へ行っていなかったのだった。
これでは優等生も形無しである。
「……とりあえず、ウチん中入りなよ。
外にいてバレてもマズいし」
「恩に着るわ、流石は優等生」
「茶化すな常習犯」
この罵倒の応酬こそ二人の友情の現れである事を、他の級友は知るよしもない。
優等生と一般生、二人の間を流れる成績の大河は対岸へ行くにはあまりに広く深いが、二人の四年来の友情が命綱となる事で、二人の距離を限りなくゼロにしていたのであった。
「……ここの問題全然分かんない」
「あーもうメンドいわ。テレビでも見よ」
湊がリモコンをささっと弄り、チャンネルは昼ドラからニュースに素早く切り替わる。
「『◯◯市連続怪死事件 消えたあばら骨』だってさ。超怖いんだけど……って、この◯◯市って隣街じゃん!!近っ!」
「もしかして今朝来てた昏先さん、この事件の担当だったのかな……?」
「どした?随分とまぁむずい顔しちゃって」
「ううん、なんでもない」
警察の人(高身長天然クールイケメン)と会った、などと話せば最後、湊は何時間もぶっ通しでそれぞれの属性やら魅力やらについて話し続けるだろう。
彼女は、いわゆる【腐女子】なのである。
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