第6話
「んぅ…………、……ここは?」
「ここは路地裏にある『新澤探偵事務所』っス。オレが所長の
「……ごめんなさい、はじめましてですね」
「そうっスね、はじめまして。……あ、やっぱ探偵さんの方だと思ってました?所長」
「はい」
「負けた……」
結夢が何に負けたのだろう、と思っていると事務所の奥の方から、
『よし30連勝!新澤クン、約束だかんね』
と女子の声が聞こえた。
「今の子と賭けてるんスよ、ずっと。オレの父さんの事務所なんで所長はオレなんスけど、何せオレ探偵向いてなくて。
あの化猫さんに事務所の運営を任せて、所長って名前だけはオレのモノなんスよね。
だからさっきの子……
30連敗したんで、今度の週末は焼肉っスよ」
なるほど、所長の名誉と焼肉を賭けて、私は賭けの材料にされていた訳か。なんだか申し訳ない事をした気がする。
「あんま無理して動かないで下さいね、まだ縫合し終えたばかりなんで、下手するとバラけちゃうかもっスから」
「……え?」
思わず結夢は自分の体を見る。
ワンピースから露わになった腕や足元に、紅い糸で縫われた傷がはっきりとある。
それだけでない、痛みから察するに全身にそんな傷があるようだった。
「……一体なんでこんな……!?」
「それを説明するには少し時間が掛かるけれど、大丈夫かな?」
渋い焦茶色の椅子がくるりと周り、湯気の立つ白磁色のマグを片手に携えた猫が、こちらをじっと見て言った。
「君は、……一度死んだんだよ」
結夢に事の経緯を話すと、彼女は一つ思い出した様な神妙な面持ちになった。
「……私、母様が浮気してる、ってばかり思ってしまって。事実確認も無しに、母様の浮気相手をどうにか払おうとして、それで……それで私は、管狐の話を小耳に挟んだんです」
「手懐ければどんな事でも厭わずやってのける、便利な使役妖怪……。心得を誤れば、彼の力は災厄になり得る」
ホットミルクを啜り切って、探偵は続ける。
「けれどね。彼の力は元来、神通力みたいなものだ。要するにより良い未来を選び取る為の力って事だ。毒も適量なら薬になる、って事だね」
「毒で思い出したんスけど」
新澤が話の節を折って割り込んで来た。
「結夢ちゃん、体調は大丈夫っスか?」
「大丈夫ですけど……なぜ?」
「いや実は。死者を生き返らせる方法って本来あっちゃいけないんスけど、非人道的方法でならできるんスよね。例えば血液を全部毒性の強いモノに差し替えるとか」
「それってつまり、私の体には今……」
「ご名答、超強力な毒が流れてるっス」
屈託ない笑顔で嬉しそうにする白澤に対し、結夢は急展開な事が多過ぎて頭が知恵熱を起こしそうだった。
「色々混乱している所本当に悪いんだがね、結夢ちゃん。君には帰る家がある。
君のお母さんも心配しているだろう、今日のところはとりあえず帰りなさい。
一応事件はまだ未解決だが、問題はない。
管狐はいないが、謎は迷宮入りしないぞ。
猫の死因は確実に突き止めるからね」
「……もう大丈夫です。私が悪かったんです」
結夢が徐に起き上がり、そして探偵と目線を合わせた。彼女の、日本人にしては珍しい
「猫を飼っていたのに、猫が食べられないモノをよく分かっていなくて。メイドさん達が後から気づいていたのに、私が自分らの主人の娘だからって、咎める事もしなかった。
私、……あの
※猫にタマネギをあげるのはご法度。タマネギの辛味成分が猫の赤血球を酸化させてしまうタマネギ中毒という病になり、最悪死んでしまうからである。
「……そうだったのか。探偵の出る幕は残念ながらなかったね。犯人が自白したのでは、形無しだよ全く。はははっ」
「笑い事じゃないっスよ先輩!?先輩だってこの間危なかったじゃないっスか!!」
「そーいや探偵さん、こないだカレー食って危篤状態になってたね」
白澤も螭子もクスクス笑うが、危篤というフレーズが騒々しくてとても笑えない結夢。
「白澤くんの異常な医術センスがあったからまだ良かったけど、さすがにまだ三途の川を渡りたくはないなぁ。やりたい事いっぱいあるし」
まるで男子高校生の昼休みの会話のテンションでかなり危険な話をする三人。
一人そこから置いてけぼりを食らって、どうしようもなく話を聞くだけになってしまう結夢なのであった。
追加
事件は解決したか否か、とてもうやむやな状態となってしまった。だが、その後衣繍家の家庭はとても安泰だと言うから、一応解決という事にしても問題は無いだろう。
結夢はその後も探偵事務所に入り浸る様になるのだが、それはまた別のお話。
兎も角、これで呪殺の件は解決……?
(了)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます