第3話

「……変ですねぇ。猫の死骸より臭いモノがこの家には溢れ返っている。

例えば……そう、これは秘密の臭いだ」


一方その頃、探偵は自慢の嗅覚で推理を捗らせていた。

どうやら探偵的には、この邸宅にはあまり他人には言いたくない秘密があると睨んだようで。


「……失礼ですが、こちらの家には今、何人の人が出入りしていますか?」

「わたくしと娘、給仕と執事、メイドが2人で6人ですが」

「独り身でいらしたんですか。……おっと失礼しました。言い方が良くありませんね」

「いえ大丈夫です。旦那とは5年前に離婚していますので」

「そして今は執事さんと恋路にある、と」


探偵さんがそう言った瞬間、夢乃の表情が一変する。

「……何故そう思ったんでしょう?」

「貴女の首元から男性が臭うんですよ。これは……おやおや、大分激しく求め合ってますねぇ」

「やめて頂戴!!猫が死んだ理由を探りに来たのでしょう、それ以外の詮索は止して頂きたいわ」

「すいません、詮索するのが仕事なものですからついつい。……何か死因に心当たりなどありませんか」




結夢はクローゼットを閉めた後、その手に紅茶を入れたポットを持って再びエントランスへ戻ろうとした。

とその時、メイドの志々見ししみ麻梨あさりが調理室でこそこそ話しているのが耳に入ったので足が止まったのだった。


「……奥様、自分の部屋に何か隠してるわ」

「それ私も思った。絶対怪しいわよね」

「しかも結夢お嬢様も、クローゼットに何か隠してるわよね。この間だって挙動不審だったし」

「彼氏でも監禁してるのかしら?……あらやだ、私ったら変な事考えちゃって」

「無理に決まってるでしょ。お見合いで婚約するのがこの家系の習わしだもの、彼氏なんてバレたらことじゃない」


随分と楽しそうに談笑しているが、その内容が非常に気に食わない。咳払いでもして話の節を折ろうかとも考えたが、今それをやると探偵さんに勘付かれる可能性もある。

咎めず、ここは堪えてもう少し聞いてみようと結夢は心の裡で決めるのだった。




「……ほう、執事さんは関係ない、と。

では旦那さんと離婚したというのは嘘ですか」

「ええ。でもとても警察には言えない状態で、人目から遠ざける為にこんな……」

「私は探偵です。まして旦那さんとは似た類の者ですよ?警察には出向きません、出向けませんのでご安心を。

……では、調理室を見せて頂けませんか」




足音で、夢乃と探偵さんが近付いて来るのがはっきりと分かった。結夢は階段の方まで戻って、今来たかの様に装って鉢合わせた。


「探偵さん、ちょうど良かった!紅茶を入れたんですが飲みます?」

「ごめんね、探偵さんは猫舌でカフェインに拒否反応出ちゃうんだ。だから飲めない

(私が猫だって事忘れないでくれ!!)」


「あ、それは残念。美味しいのに

(あ、ヤッベすっかり忘れてたわ)」


※猫がカフェインを摂取すると最悪死んでしまう可能性があるので絶対あげないでね!


アイコンタクトで意思疎通し、結夢は自分でポットの紅茶を飲む事にした。


「その代わりに牛乳はある?」

「ありますよ、飲みます?」

「ありがとう、頂こうかな」


※※探偵さんは大丈夫みたいだけど、普通の猫は牛乳あげるとお腹壊す子も多いよ!!


マグに入れた牛乳をさながらコーヒーの様に啜り、探偵さんは調理室へ入った。

そこには談笑を続ける志々見と麻梨の2人がいた。


「あらお客様ですか奥様!いらっしゃる際はお申し付け下さいとこの間も……」

「生憎客ではないのです。私は探偵さん」

「自分でさん付けって変な探偵さんね」

「さっきまで悪口ばかり言ってたのに奥様が来るなり話題変えるって変なメイドさん」

「「「「!!?」」」」


その場にいた全員が、それぞれ違う理由で驚いた。

「……私の悪口ですって?目の前で言ってご覧なさいな」

「ハッタリです!そんな事言うはずないじゃないですか!!」

「言ってたでしょ母様の悪口!!私聞いちゃったもの!」


口を開いたのは結夢である。

彼女は志々見と麻梨の会話、その全容を事細かに話すとごめんなさいと謝り、家から出て行ってしまった。


「……志々見さん、麻梨さん。これまでご苦労様でした。お暇をあげますから、どこへでも行って下さいな」

「そんな、あんまりです!!」

「主人の事を悪く言う従者は不要です」


こうして、この家から3人もの人がいなくなってしまった。これでは犯人探しも何もあったものではないのだが。


「……さて、執事さんは今どちらに?」

「それが数日前からいないのよ。置き手紙も無しにドロンしちゃって」


『ドロン』という表現を久々に聞いて少し嬉しくなった探偵だったが、夢乃の発言を聞いて少し不思議に思った。


「従者が後ろめたい事もしていないのに、置き手紙も残さず立ち去る事があるでしょうか?少し奇妙だとは思いませんでしたか?」

「……言われてみれば、確かに変ですね」

「彼はもしや帰ってこないのではなく、帰って来られない事情があるのでは?

……このお宅ではどうやら、複数の事件が絡み合って起こっているようですねぇ」


探偵は顎を撫でると、不思議の国のアリスで出てくるチェシャ猫の様な不気味な笑みを口元に浮かべるのだった。

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