その十 初めての実戦

「は、ハード過ぎる……」

「どうした、田代くん。まだまだ頑張れるはずだ」

「頑張って田代くん」


 新しいチームということで、俺達は今、訓練所でコンビネーションの確認という名の俺へのいじめが始まっていた。


 俺の“真封まほう”の“癒体疲滅ゆたいひめつ”は使用出来る回数が十回ほどと少なく、使用回数を伸ばすために何度も使用してはぶっ倒れ、その度に先生に回復させてもらい、更に使用すると繰り返していた。


 威力が弱くとも、回数をかければ威力などカバー出来ると馬渕に言われて、二人に訓練を付き合ってもらっている。


「ほら、田代くん。僕を回復させてくれよ」

“癒体疲滅”

「あー、田代くん、疲れたー。回復お願い」

“癒体疲滅”


 「もう駄目だ」と、何度目だろうか俺は再びぶっ倒れた、その時。


“ウゥーッ、ウゥーッ 現在都内各所で大量のゴブリンを確認しました。住民は直ちに建物内及び安全な場所に隠れてください ウゥーッ、ウゥーッ 繰り返します……”


 昨日に引き続き、けたたましい警報が訓練所内に鳴り響く。

俺達は、訓練を一旦中断して警報を聞いていた。


「ゴブリン? 昨日のワームは倒したって聞いたが。魔物玉になった直後だったのか?」


 馬渕はそう言うのだが、俺は倒したその場を見ていたから違うと確信できる。

何よりもタイミングがおかしい。

昨日のワームが原因なら、この大量のゴブリンってのは何処かに隠れていたことになる。


「ほのか、母さん!?」


 俺は訓練所の壁にかかった時計を確認すると、昼の二時を過ぎていた。

ちょうど、ほのかの帰宅時間と重なる。

俺は訓練所から飛び出そうとしたが、訓練に付き合ってくれていた先生が、止まるように言ってくる。


「今、連絡が入りました。真封育成学園全生徒全教師に出動命令が来たそうです。

あなた達は速やかに集合場所で指示をもらいなさい」


 そんな時間はないと、俺は訓練所を飛び出し走り出していた。


「待つんだ、田代くん!」


 馬渕や三田村には悪いけど、ほのかや母さん、それにルスカのことを考えると止まれない。


 ルスカは強いが、ここでは魔法を使える回数が限られていると言っていた。


「慌てても仕方ないでしょう」


 声に反応すると、いつの間にか俺に並走する三田村がそこにはいた。


「なんで、三田村さんまで来ているんだよ!?」

「だから、待てって僕は言ったはずだけど」


 三田村とは反対側には馬渕が声をかけてくる。


「だから、なんでここにいる!?」

「僕らはチームだろ? さ、リーダーは君だ。何処に行くんだい?」

「俺は自分勝手に家族を助けに行くだけだぞ? いいのか?」

「他は“バタフライ”に任せればいいさ。そのためにいるのだし」

「そうそう。田代くんはチームメイトなんだし」


 後で一緒に怒られろと俺は悪態をつくが、内心二人には、とても感謝していた。

正直、俺だけで複数のゴブリンを対応出来る自信はない。


 俺達は、人がゴブリンに襲われているのを横目に走り続ける。が、そこにほのかと同じ歳くらいの女の子が三体のゴブリンにより壁際に追い詰められているのが目に入り、俺は思わず足を止めてしまった。


「どうしたの?」


(……ほのか! 母さん! ルスカ!)


 三人の顔を思い浮かべ前へと進もうとするが、目の前の怯える女の子の姿がほのかとダブる。


「あっ! 田代くん!」


 気づけば俺は走り出していた。ゴブリンに追い詰められている女の子の方に。


(くそっ、何でだ!?)


 理由が分からず頭の中がぐちゃぐちゃになる。

それに女の子を見捨てようと思う度に胸が、心が痛くなる。


「あの子を助ける! 三田村、あの子に盾を!」

「分かったわ。“プロテクト・ツー”」


 三田村の首元の“羽”が光り、女の子の周囲に半球状の白く輝く壁が出来上がる。

ゴブリン達は、突然女の子に近づけなくなり混乱し始めた。


「馬渕さん!」

「ああ、任せてくれ。“エンプティガンズ・ダブル”!」


 馬渕の手の甲の“羽”が輝くとその両手にはオートマ式の拳銃と似た形の銃が現れる。

引き金を引くと、弾ではなく高出力のレーザーがゴブリン二体の胸を背中から撃ち抜くと絶命し、その場に倒れこむ。


 その威力にちょっと嫉妬してしまう。馬渕の真封はそれほど強力だった。


 各々の説明時に聞いたが、アレでも一端らしい。


 エンプティガンズは銃を具現化するのだが、銃の横側に穴が空いており、そこに別の具現化した玉を填めることで、様々な銃になるという。

今、填めているのは、いわゆるレーザー。

それと、急速充填。


 エンバディは、ハマればストレングスを上回る実に良い例だろう。

羨ましいぜ、コンチクショー。


 それでも馬渕の銃は連射は出来ず、チャージに時間が必要だ。次に撃てるのは三十秒後。


 普段なら問題ないが、残った一体のゴブリンがこっちに向かってきている。


 俺とゴブリンが相対すると、ゴブリンはシミターに良く似た形状の刀を振りかぶってきた。


 だが、大振りな上に、その動きは遅い。

細い手足に比べて、ぽっこりとお腹の出たゴブリンは、体全体のバランスが悪い。


 俺はたいはすに構えてシミターの軌道から外れると、その細い足にローキックを食らわせる。

ゴブリンは、意図も容易く体勢を崩して倒れこんだ。


「三田村! その子を確保して! 馬渕さん、いけるか?」

「うん、任せて」

「ああ……準備万端だ。あとは任せてくれ」


 三田村に女の子の安否を確認してもらうと同じくして、馬渕は引き金を引いた。


「グギァッ!!」


 倒れたゴブリンのコメカミをレーザーが撃ち抜き、ゴブリンは絶命した。


「三田村、女の子は!?」

「軽い擦り傷くらいで大丈夫みたい。ただ、泣いていて親や家の場所を話してくれないのよ」


 ずっと泣き続ける女の子に、俺は苛立ちを隠しつつしゃがみこむ。


「三田村、その子を俺の背中に。悪いけどモタモタしたくないんだ」

「ほら、大丈夫だよ。ここにいたら危ないからね」


 三田村は、優しく語りかけながら女の子を俺の背中へと誘導し、女の子が俺の背中に体を預けると俺は落ちないように一度体を揺らした。


 一気に持ち上げると俺は何も言わずに走り出す。

俺の心中を察してなのか三田村も馬渕も何も言わずについてくる。


 遠い。いつもの走って十分ほどの距離が今日は異様に遠く感じる。

まるで、その場で足踏みしているようだ。


 しかし、そんなはずはなく俺の視界にいつものアパートが飛び込んでくる。

二階の窓ガラスが割れているのが見えた。


(ここにも来たのか!!)


 早く、早く着け! 俺はそう頭の中で叫びながら必死に足を動かした。


「ほのかぁ! ルスカぁ!」


 俺がそこで見たものは、アパートの中庭の隅に追いやられ、今にも倒れかけて杖で体を支えるルスカ。

そして、他のアパートの住民の影に隠れるようにいる、ほのかの姿だった。


「お兄ちゃん!」


 ほのかが俺に気づくとルスカは疲れ果てた目を俺に向けた。


 中庭には、ルスカがやったのだろうか二十体近いゴブリンの死体が。

それでもほのか達を取り囲んでいるゴブリンの数は、狭い中庭を埋め尽くすほど。


「馬渕さん、俺を彼処に行けるように道を切り開いてくれ! 三田村は、俺が向こうに着いたら、あの杖を持つ女の子以外を守ってくれ!」

「わかったわ」

「任せろ」


 二人に指示を飛ばした後、ゴブリンの奇声に負けないように俺は大声で叫ぶ。


「ルスカぁ! 俺がそっちに行けるように頼む! まだいけるかぁ!?」


 しゃべるのが億劫なのだろう。ルスカは指を一本だけ立てて、あと一回だけと示す。


 向こうに辿り着けるか、一か八か飛び込もうとしたとき、背中がフッと軽くなる。


「田代くん、行って!」


 どうやら、三田村が女の子を抱えてくれたみたいだ。

俺がスピードを上げると、一番近くにいたゴブリンの頭がレーザーで撃ち抜かれた。


「行け! 田代くん!」


 俺は倒れかけているゴブリンの頭を踏みつけて、ゴブリンの群衆へと突っ込んだ。


“す、ストーンバレット”


 ルスカの手の先から石礫が飛んで行き、ルスカの近くのゴブリンが倒れると、ルスカも疲れ果てて倒れる。


「くっ……まだ、距離が」


 ルスカが倒れたことによって、ゴブリン達がほのか達に牙を向く。


“プロテクト・スリー!”


 三田村の真封でほのかやアパートの住人は、白い壁に守られる。


「──ぐっ!! あと……少し……」


ゴブリンに邪魔をされ俺の背中に焼けるような痛みを感じながらも、目一杯右手を伸ばす。


“ゆ、癒体疲滅”


 俺の右手が倒れてこんでいるルスカの肩に──触れた。

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