その九 留守番

 アカツキとほのかがいなくなり留守番を任されたワシは、アカツキの母親と二人きりで間が持たず退屈していた。


「どれにしようか……これじゃ!」


 飴玉でも食べようと決めたワシは真っ白な雪のような飴玉を選択する。

確か“はっか”とか言うやつじゃ。


 ワシはワクワクしながら、口を目一杯開けて飴玉を放り込む。

うむ、何かスースー……──!!


「おばさん、おばさん! なんじゃ、これは?」


 アカツキ達の母親の元に行き、口から取り出した飴玉を見せる。


「おばさんも新鮮でいいけど、“ゆう”って呼んで──あっ、やっぱり“お母さん”か“ママ”で! ルスカちゃんは、もう家族なんだし」

「それじゃ、ママさんって呼ぶのじゃ。いや、それよりもこれ……」


 ママさんは、たまに会話にならぬが、それよりも一大事だと更に前へと飴玉を差し出した。


「はっか飴だねぇ。ルスカちゃんは苦手かな?」


 ワシが頷くとママさんは飴玉を取って自分の口に入れた。


「あ、ワシが舐めたやつじゃぞ……」

「平気よぉ、家族だもん。それより、あーちゃんから三つまでって言われてたよね」


 そうじゃった。今日食べれる三つのうち一つが駄目になってしまい、ショックでワシは床にふて寝する。


「大丈夫よー。ほら、一つはわたしが食べたのだから、一つ追加しても問題ないわよ」

「なるほど! ママさんは賢いのじゃ!」


 起き上がりすぐに、テーブルの上に缶から新しい飴玉を数個取り出し、どれにしようか悩む。

もしかしたら、さっきみたいに、はっかみたいなのがあるやもしれぬ。


「むむむ……ママさん、ママさん! ママさんはどれが好きなのじゃ?」


 安全策を取ったワシはママさんを呼び質問すると、悩むことなく、赤っぽい飴玉を指差す。

缶の裏側の説明だと“いちご”とあった。


「さっきみたいにスースーしないか?」

「大丈夫よぉ。甘くて美味しいよ」


 警戒しなかがら“いちご”の飴玉を恐る恐る口に入れてみた。


 ぱーーっと世界が明るくなった気がする。


 甘い……甘いのじゃ。

口いっぱいに広がる甘味の海に飲み込まれていく。

初めての感覚に衝撃を受けたワシは、その喜びを爆発させたのじゃった。


「ママさーん!! なんじゃ、これは! 上手い、甘い、幸せの味なのじゃー!!」


 ママさんも同じように喜んでくれて、部屋中をワシと一緒に跳び跳ねて体全体で喜びを表していた。


 その時、部屋のどこかから一定なリズムを刻む音が鳴り響く。


「ママさん、それはなんじゃ?」


 何やら手のひら大のものを指で触れながらママさんは「スマホのアラームだよ」と言う。

よく分からぬが、一定の時間になれば音で教えてくれるらしい。


「もう、こんな時間かぁ」


 ママさんは、鏡台の前に座り化粧を落としていく。

元々化粧しても子供っぽい顔しているが、ますます子供に戻っていく。


「ワシはやらぬが、化粧とは出かける前にするものじゃろ? 何故落とすのじゃ?」


 ワシの方を一瞥いちべつすると優しく微笑むと、ママさんは再び化粧を落とし始めた。


「ルスカちゃん、ルスカちゃん」


 ただママさんの様子を眺めていたワシを呼ぶと、側に来るように手招きする。

鏡台の棚奥から箱を取り出してきて「じゃーん」と言いながら蓋を外した。


「これ、なーんだ?」


 箱の中身は、箱やら袋が入っているが何か分からぬのじゃ。


「これ、ぜーんぶイチゴ味のお菓子なの」

「なぬっ! いちごじゃと!?」


 これが全部いちご味かと箱の中身をマジマジと見てしまう。ワシにはその箱が宝石箱の様に輝いて見えた。


「私が化粧落としていたことと、この箱の場所をあーちゃんに内緒にしてくれたら、分けてもいいんだけどなぁ?」

「内緒にするのじゃ! だから、な、な!」


 ワシはママさんと約束して秘密の箱から“ポッチーいちごつぶつぶ”を一本、手に入れた。


 ママさんは最初に着ていたキラキラした服を脱ぎ、地味なシャツとズボンに着替える。


「それじゃ、ルスカちゃん。お留守番お願いね」

「任せるのじゃ!」


 ママさんが出かけていき、ワシはとうとう一人になってしまった。

口の中のいちごの飴玉は、いまだ無くならず幸せを噛み締めながらワシは、暇潰しに右手にポッチーを持ってテレビとやらを観ることにした。


 よく分からぬが第一印象。“げいのうにゅーす”とかいうやつばかりで、他にはどこどこで事件があったなどとだけ。


 留守番が思っていた以上に退屈になってきたワシは、時計に目をやるが、まだまだほのかが戻ってくる時間ではない。


「退屈じゃ~」


 ゴロゴロと寝室の床を転がると、本棚にぶつかり本のタイトルをじっと見る。


“歴史 高一”というタイトルに目を惹かれる。


 そうじゃな、ここでしばらく住む以上、ここの世界の事を知るのは大事じゃ。

ワシは“歴史 高一”を手に取り、読み耽った。



◇◇◇



 ワシの口の中から無くなった幸せの味。しかし、ワシにはポッチーがあるのじゃ! と、寝転びながら本を読み、ポッチーを口に入れる。


 再びワシは、喜びのあまりに寝室の床を転がりだす。


「甘いのじゃ~!! 飴玉も良かったが、この“つぶつぶ”が、また良いのじゃ!!」


 こんな幸せが続くなんて、この時ばかりは、あの自称神に感謝してやりたい。


「無くなったのじゃ……」


 あっという間じゃった。この時ばかりは、あの自称神をぶっ飛ばしたい気分になった。


 いつか、ぶっ飛ばすがの。


 しかし、この本を読んでいて、ここ最近のこの世界の動きがわかった。


 この間見たワームという魔物。それより更に大きい“マザー”というのがいるとはの。

それに、ワームという魔物から産み出される別の魔物。


 ただ、どれもこれもワシの世界でいた魔物ばかりなのが気になる。


 それに“真封まほう”。


 なるほど、昨日アカツキが言っていた“羽”とはこのことか。

人が進化……か。

あり得ぬ話ではなさそうじゃが、随分とタイミングが良いのう。


 本には今の主力は“第三世代”だと書いてある。アカツキは確か“第四世代”じゃったか。

イジメとかあるのではないだろうかと、心配になる。

どの世界でも、人は優劣を決めたがるしのだ。


 本に夢中になっておったワシは、自分の腹の虫の音で昼が過ぎているのに気づく。


 アカツキが用意してくれたお弁当箱を開くと、まずは白いご飯というものを握った“おにぎり”というものを食べてみる。


「お、美味しいのじゃ。中から出てきた茶色のこれはなんじゃろ? ちょっぴり塩っからいが噛めば旨味が出てくるのじゃ」


 後に判明するおかかを、ワシは堪能しながらお弁当を食べ始めると、玄関のノブがガチャガチャと動き出す。


「ほのかか?」


 しかし、返事は無く何度もガチャガチャと動くのみ。

不審に思ったワシは、杖を手に取ると構える。

やがてノブの動きが止まるが、外から「きゃあ!」と悲鳴が聞こえた。


「この声は、ほのか!?」


 ワシはアカツキとの約束を破り扉を開くと、今にもほのかに襲いかかろうとする人影、正確にいうと人間ではない。


“ストーンバレット”


 咄嗟に魔法を放つ。杖先に出来た石礫が弾のように回転してに迫り、後頭部にめり込み倒れこむと、が手に持っていた短剣は地面を滑っていく。

ほのかと変わらない背丈、武器を扱い、額から上向きに曲がる角を生やしたその醜悪な顔。

ワシにも見覚えがあるはゴブリンだった。


「ほのか!」


 ワシは裸足で飛び出し、ゴブリンとほのかの間に割って入った。

ゴブリンは、既に絶命しておりピクリともしない。


「大丈夫か? ほのか」

「ルスカちゃん、ありがとう!」


 ワシに抱きつくほのかの背中をさすりながら何か嫌な予感がして、家に一緒に戻り鍵を閉めた。

窓の側に椅子を置き、外を見ると何事かと周囲から集まった人々をゴブリンどもが襲っていた。

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