その八 国立真封学園

 ほのかの小学校までついていった俺は、駆け足で国立真封育成学園へと向かう。


 対ワーム、対魔物の真封使いの育成を目的としたこの学園は三年の過程を経て、就職先の“バタフライ”へと斡旋される。

俺は現在一年目。

高校一年まで、普通の高校へと進学していたが、“羽”の発現により今年から通うことになった。


 一クラス十五人で、一学年四クラスある。


 俺は閉じかけの校門をくぐると、ダッシュで下駄箱に向かう。

足にはそこそこ自信がある。

残り二分を切っていたが間に合う、いや、間に合わせる。


 階段を駆け上がり三階へと着くと、すでに担任の真鍋先生なべせんが扉に手をかけていた。


「げっ! いつもより早い!」


 俺は廊下を走り、扉を開いた瞬間を狙う。


「セーーフ!!」


 先生の脇をすり抜け教卓の前まで滑りこむ。


「アウトです! わたしが来るまでに席に着いて初めてセーフですよ」


 そんなルール初めて聞いたと、俺は真鍋先生なべちゃんに猛抗議する。

“なべちゃん”と呼ばれる小柄な女性の先生は、一度呆れた顔をして赤いフレームの眼鏡を指で上げ、すぐに真剣な顔つきに変わる。


 言い返してくるだろうと思っていた俺に、先生の言葉が忘れていた不安が押し寄せてくる。


「田代くん。それより、指導の来栖先生が呼んでいたわよ。来たらすぐに来るようにって」


 教室内が騒がしくなる。ホームルームが終わってからでなく、ホームルーム中でもという事実に、様々な推測が俺の背後で囁かれる。

背中に冷たい汗が流れていた。


(ヤバい! ついに、警察が……)

「分かりました、行ってきます」


 俺が廊下に出て扉を閉めると、ワッと教室が騒ぎ出す。


「はい、はい。静かに。ちょっと呼ばれただけだから騒がない」


 真鍋先生なべちゃんの声が廊下にまで聞こえてきた。


 ちょっとで済めばいい。このまま、留置所もあり得る。

ほのかのブラ、買えるかな。


 俺は足取り重く一階の指導室まで、肩を落として歩いて行った。


「田代 暁です。入ります」


 指導室の扉をノックして声をかけると中から「入れ」と太い声が聞こえた。

扉を開けて入るなり横から視線を感じ、俺は目線だけを向ける。

そこには、見たことのない男性が直立不動で俺を睨んでいた。


「そこにかけろ」


 指導の来栖先生が椅子に座り、俺も正面に腰をかけると、来栖先生は何も言わずに一枚の紙を目の前のテーブルに置いた。


 紙と思ったのは写真で、そこにはルスカを抱いた俺の姿だとハッキリと写っていた。


「これは、お前だな?」


 そうか、俺の背後から見てくる男性は警察関係者か。

俺は観念して黙って頷く。


「そうか。他言無用だ」


 訳が分からずに「はっ?」と聞き返してしまった。


「何度も言わすな。お前がこの日見たこと、全て他言無用だ。それと……」


 頭の中がごちゃごちゃになりつつある俺に来栖先生は続ける。


「この抱いている女の子。確かお前には妹がいたな?」


 俺が黙って頷くと来栖先生は、妹にも強く言っておくように、と写真を回収する。


 どうやらルスカを俺の妹だと勘違いしてくれたらしい。これで後々、ルスカのことがバレたとしても、勝手に勘違いしたのはそっちなのだから問題ないはず。


「もういけ。いいか、くれぐれも他言無用だぞ」


 来栖先生に念を押され俺は指導室を出ようと、背後に立っていた男に目をやると見たことある蝶型のバッチを左胸につけていた。


(あれは確かバタフライの……協会関係者か、あの男の人は)


 廊下に出るとチャイムが廊下に響く。

ホームルームが終わってしまったな。

しかし、昨日のことを他言無用って何処までの話を言っているのか。

あのビルの屋上で見たこと、か。

考えられるのは二つ。

ルスカがワームを倒してしまったこと。

対ワーム急襲部隊第一隊ではなく、対ワーム支援部隊がワームと戦っていたこと。


 可能性があるとしたらそんなところかと、教室に戻りながら俺は考えていた。


 途中、すれ違った真鍋先生なべちゃんに話を聞かれるかと思ったが、ただ「早く戻りなさい」としか言われなかった。


 教室に戻ると、いの一番に俺の所に来たのは、三田村だ。


「田代くん! 大丈夫? 何があったの!?」


 そうだな、やっぱり聞かれるか。

他言無用ってことは、何か他に理由を言わなきゃないけない。

クラスの半分が興味本位で俺の元へ、半分は座っているが聞き耳を立てているのが丸わかりだ。


「あー、怒られただけだよ。制服で下着売り場をウロウロするなって」


 俺は昨日思い出した三田村との下着に関しての会話を、咄嗟にアレンジする。

上手く行ったと思ったのだが、クラスの半数がざわついた。

主に女子生徒が。


「もしかして、また田代くんのお母さんの?」

 

 事情を知っている三田村のフォローに頷くと、更にざわついた。


 なぜだ!?


 結局、クラスメイトから追及されることは無かったが、主に女子生徒からは白い目で当分の間見られることになってしまった。



◇◇◇



「おーい、チーム分けするぞー」


 クラス委員の馬渕という男子生徒が教壇に上がり、仕切り始める。

チーム分けってのは、三人一組で攻撃主体のアタッカー、防御主体のディフェンダー、支援支援のサポートの各一人で構成される。

このチームで学園で何をするのも、しばらくは協力していく。

もちろん、連帯責任も。


 定期的にチーム分けがあり、それは偏った戦術にならないためだ。


「また同じチームになったりしてね」


 いつの間にか俺の真後ろにいた三田村が話かけてくる。

この学園に入って今まで二度チーム分けをしてきたが、二度とも三田村と同じチームだった。


 三田村はディフェンダー、俺はもちろんサポート。このクラスで第四世代は俺だけだから、俺と組むのは外れだし、可哀想だとは思うのだけど。


「三番か」

「あはは、また一緒だね」


 サポート組のクジを引き番号を確認していると、また背後から三田村が話かけてくる。

それにしても三度続けて俺と一緒とは三田村もついていない。


「三番の人~」


 俺と三田村が手を挙げると、細身、というより無駄のない体つきの馬渕が近寄ってくる。


「君達か。組むのは初めてだな、よろしく」


 馬渕 恭助。たしか年齢は俺や三田村より歳上で二十歳だった気がする。

スポーツマンらしい短髪で、真面目で勤勉、クラス委員なんて面倒な役も自分から買ってやる人。

俺はそんな勝手なイメージを彼に抱いていた。


「俺なんかですいません」


 先に謝っておく。足を引っ張るのは目に見えているし、彼は前回は学年でトップ、全学年でも三番目という好成績を修めていたからな。

今回は、ガッカリするだろう。


「なんで謝るんだい?」

「いや、俺第四世代だし……足を引っ張りそうなので」

「何言ってるの!? 田代くんは凄いよ! ほら、見て!」


 三田村がスカートの裾を軽くつまみ上げてみせると、白い太股が露になる。

この学園のスカートの丈は割りと短い。

普段見えない場所が見えて、一瞬、他の男子生徒が色めきだった気がする。


「ここ、田代くんが縫ってくれたんだよ」


 確かに前回訓練中に破れたスカートを縫ったけれども。


「ははは! そうか、田代くんは生活面でのサポートが凄いんだね。

僕は寮で生活しているけど、そっち方面はさっぱりさ。

今度困ったことがあったら相談してみるかな?」


 冗談混じりで、そう言うが全く嫌みで言った訳ではないのがわかる。


「改めてよろしくお願いします」

「よろしくお願いします、馬渕さん」

「あーよろしく頼むよ。田代くん、三田村さん」


 爽やかな笑顔を見せて俺と三田村と握手をする。


「そうだ。クラス委員として把握はしているけど、何の真封を教えてくれるかな? ちなみに僕はエンバディアタッカーだ」


 エンバディと言うのは、色々あるが主に武器を具現化する系統だ。

具現化された武器は強力で、ストレングス系統すら嵌まればその威力は折り紙付きだ。


「俺はリリースサポートです」

「私はリリースディフェンダーです」


 三田村とは、ずっと同じチームだったから分かるけど、三タイプの盾を扱う。

自分を守る盾、仲間を守る盾、そして広範囲を守る盾。


 俺はルスカに使った“癒体疲滅ゆたいひめつ”。それと、もう一つ……


「俺は回復の“癒体疲滅”と“制限”の二つしか扱えませんが」

「“制限”? そんな真封あったかな?」

「教科書にも載っていません。ほら、入学当初色々と調べてもらうじゃないですか?」


 “羽”が発現すると、身体検査が行われる。

特に真封を勝手に覚えていないかとか。

そして、俺が身体検査を受けたとき何故かこの“制限”という真封が。

全く見に覚えがない上に、先生やバタフライに聞いても知らない“真封”。


「どんな真封か聞いても?」

「調べていく内に分かった範囲でなら。この“制限”というのは、常時発動型で色々俺を制限しているみたいなんです。顕著なのは“真封”を覚えれる数。俺にはあと一つしか覚えることが出来なかったんです」


 自分で言っていて情けなくなる。

本来、真封は複数覚えることが可能なのだが、俺にその枠は一つしか空いておらず、結局回復ということで“癒体疲滅”を覚えた。


「そうか、大変だね、それは。僕のエンバディは銃だから、ディフェンダーもサポートもリリースとなると、遠距離戦術になるな」

「接近で行きましょう!」


 戦術を練る馬渕に思わず割って入ってしまった。思いつきなのだけど、余計だったか。


「理由を聞いてもいいかい?」

「あー、いえ。みんな大体の真封を把握し始めているから、俺達が遠距離で来るって思っているだろうし、奇襲になるかなって」


 意外に馬渕は、俺の意見を聞いてくれてホッとする。

提案はしたものの、余りに賭けに近い。

俺は恥ずかしくなり、一歩退こうとするのだが馬渕に両肩を掴まれてしまう。


「いいね! 面白い。そういう一か八かって好きだよ、僕は。

成る程、三田村さんが凄いと言うのは嘘じゃないね。

うん、このチームのリーダーは田代くんで行こうじゃないか」

「さんせー」


 三田村も賛成するな。って、馬渕も既に僕の名前をリーダーの欄に記入している。


 流されるまま、俺は初めてリーダーを任されてしまった。 

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