その七 朝
「お兄ちゃん、お風呂入らないの?」
お風呂上がりで微かに香るシャンプーの匂いをさせて、ピンクと白のストライプ柄のパジャマに着替えたほのかが、一緒に入ったルスカの髪を拭きながら心配そうに聞いてくる。
「何でもない、大丈夫」と俺は、ほのかの頭に手を乗せて撫でてあげる。
照れ臭そうに笑うほのか。
「アカツキ! 飴玉食べていいか?」と手にはコスモスドロップの缶が。
「一つだけな」
「わかったのじゃ! ほのかは、どれがいいのじゃ?」
ほのかのお古のパジャマを着たルスカは、ほのかを連れて寝室へ行く。
「母さんは、お風呂最後でいいのか?」
「母さんは、あーちゃんと入るんだもん」
「入らねぇよ!」
全くこの人は……俺は心配で、ツッコむ余裕もないというのに。
ニュースで流れた器物破損と不法侵入をネットで調べた俺は落ち込んでいた。
両方懲役三年以下。初犯を考慮したら執行猶予は付く、か……
問題は、真封育成学園だ。
退学だけなら、まだいい。
ただ、俺は第四世代とはいえ、真封使いだ。
真封使いは、その特殊な能力から犯罪を犯したら厳しい処罰が待っている。
よくて軟禁か、下手をしたら拘束もあり得る。
しかも、屋上の扉の破損をどう誤魔化すかが必要になってくる。
俺の真封、リリースサポートではあんな事は出来ない。
寝室にいる頬に飴玉を含んだルスカを見る。
言えるわけないよなぁ。三百歳以上が本当だとしても、信じてもらえないかも知れないし、何より見た目幼女だ。
となると、俺には“能力隠し”の疑惑が持たれる。
ごく稀にだが、元々とは別の真封が出来たりするようになる人がいる。
例えばだが、俺がリリースサポート以外にストレングスアタッカーが使えたり。
それを隠すことは、報告義務違反となり重罪とされている。
しかし、一番のネックは俺の夢が閉ざされてしまうことだ。
それは、俺がバタフライの支援部隊に入ること。
母さんには、女手一つで育ててもらった恩がある。
ほのかには、もっと贅沢をさせてやりたい。
“バタフライ”に入れば、その待遇は公務員扱いになる。
だからこそ、第四世代と分かっても腐らずにやってこれた。
さすがに、今回のワームと戦っていた支援部隊の不甲斐なさには、落ち込んだけど。
「はぁ~……」
俺はお風呂に浸かりながら、悪い方、悪い方へと考えてしまっていた。
今警察来たら、頭くらい洗わせてくれるのだろうか。
◇◇◇
ウチは狭い。寝室には母さんと俺の布団しか敷けず、いつもはほのかと一緒に寝ている。
ところがルスカが増えた為、今ほのかとルスカが揉めていた。
「だめ! ほのかが寝るの!」
「大きさで見たらワシがアカツキと一緒の方が狭くなくていいはずじゃ!」
「あーちゃんが母さんと寝ればいいと思うんだぁ」
三番目のは論外として、俺の布団にほのかが寝るか、ルスカが寝るかで揉めていた。
しまいには俺に詰めよってくる始末。
「どっちでもいいよ」
今の俺はそれどころじゃない。これからどうすればいいのか悩んでいるんだ。寝れるかどうかも怪しい。
「ほのか!」「ワシじゃ!」
早くしてくれないかなと思っていると母さんと目が合う。
「ほら、あーちゃん」
母さんが布団をめくって、「母さんの横、空いてますよ」とアピールしてくる。
俺は見てないふりをして、ほのか達に目を移すとじゃんけんで決めるようだ。
「じゃんけん、ポン!」
「よっしゃあ、ワシの勝ちじゃあ!」
「順番だからね、明日はほのかだから」
ほのかのグーに対してルスカはパー。
どうやら、順番になるらしいが。
しかしルスカの奴、じゃんけんなんて、よく知っていたな。
ルスカが俺の布団に潜り込んできて、一度はにかみながら笑顔を見せると目を瞑った。
「電気消すぞー」
俺がリモコンで天井の灯りを落とすと、全員眠りについた。
今日は色々あって疲れた……主に俺の隣ですやすやと眠りについている幼女で。
だけど、頭の中は不安でいっぱいで冴えてしまい中々寝付けなかった。
◇◇◇
「完全に寝不足だ……」
人目につかないように夜中に警察がこっそり訪問、なんて事を考えていたら、ほとんど眠れなかった。
枕元の時計を確認すると現在午前六時ちょうど。
いつもと変わらない時間に起床した俺は、顔を洗い眠気を覚ますと、炊きたてのご飯の匂いのする台所に向かった。
朝食と、ほのかとルスカのお弁当を作りながら俺は、ルスカを、今日どうするか考えていた。
お昼までは母さんがいる。ほのかは昼過ぎまで学校。俺も夕方まで学園だ。
一人でほのかが帰ってくるまで大丈夫かなと心配になる。
「おはよう、お兄ちゃん」
「……おはようなのじゃ」
ほのかは挨拶するなり俺のズボンをつまみながら横に立ち、お弁当の中身を確認する。
ルスカは、まだ眠いのかボサボサの髪のままで目を擦っていた。
「ルスカ、ちょっといいか」
「なんじゃ?」
「俺も学園があるし母さんも昼前に仕事だ。ほのかも今日は昼過ぎまで学校だから、ほのかが帰ってくるまで一人で留守番出きるか?
お昼用のお弁当は作っておくから。ほのかも、今日は真っ直ぐ帰って来てくれ」
「飴玉食べてもいいか?」
「三つまでな」
「やった! 大丈夫じゃ、留守番しとくのじゃ!」
ルスカは寝室に戻り枕元に置いていたコスモスドロップの缶を取りに行き、椅子に座るとテーブルに飴玉を数個出してくる。
「どれにするかのぉ……この“らいち”とかいうのは昨日食べたしのぉ、よし今日は“れもん”と“ぶどう”と“はっか”じゃ!」
「そういえば、ルスカは何で日本語読めるんだ?」
「それはワシが住んどった世界と同じじゃからな。
昔からの文字もあるが今はここと同じなのじゃ。
そう考えると、もしかしたらワシのいた世界に来た、この世界の住人が広めたのやもしれぬ」
もしくは逆に日本語を広めたのが異世界人とか……まぁそれはないか。成り立ちは証明されているし。
「……あーちゃん、おはよう」
最後に起きてきた母さんに、顔を洗ってくるように言うと、俺はテーブルに朝食を並べていく。
メニューは、ほとんどがお弁当の余りものだ。
玉子焼きにソーセージ、プチトマトにほうれん草のバター炒め。
質素なメニューだが、母さんもほのかも贅沢したいとか、あれが食べたいとか、昔から言わない。
特にほのかは、キャラ弁やらもっと彩り豊かなお弁当がいいとかもない。
黙って我慢しているだけかもしれないけれど。
今度一度聞いてみるかと俺は思った。
「「「「いただきます」」」」
箸が上手く使えないルスカにフォークとスプーンを渡してやり食べさせていると、箸を止めたほのかが何か決意した表情で口を開く。
「お兄ちゃん! あ、あのね。買って欲しいものがあるの!」
珍しい、ほのかのおねだりなんてそうそうない。
「何が欲しいんだ?」と聞いてやると、ほのかは恥ずかしそうに顔を赤らめていた。
「先生が、先生がね。ほのかもそろそろ、ぶ、ブラを着けなさいって」
「買ってきたらいいのか?」
ほのかは、こくりと頷く。
ほのかも、もう、そんな歳かと感慨深くなるが、初めてのブラなんだ、高過ぎたり奇抜すぎるのは問題だが、欲しいのがあれば買えばいいのに。
待てよ。もしかしたら学園に警察が来て捕まるかもしれない。
そうしたら買いに行けなくなる。
いや、警察も人の子だ。事情を話せば妹の初ブラくらい警察同伴で買いに行かせてくれるかもしれない。
「ほのかが自分で買ってもいいんだぞ?」
「ううん。お兄ちゃんが選んでくれたのでいい」
「そうか、わかった」と返事をすると、食べ終えた食器を片付け始める。
さあ、朝の戦場の始まりだ。
俺はほのかの黒い艶のある髪を櫛でとき、いつものように左側に三つ編みを結い、ピンクのリボンを着けてやる。
ほのかが着替えている間に、今日はルスカの髪もとく。寝癖を直し、ボサボサだった藍白の髪に櫛を入れていく。
「母さんは、自分でやれ!」
鏡台の前に座るルスカの横に並ぶように母さんが立っていたのを見つけ突っぱねる。
「ほのか、お弁当持ったか!? ルスカ、ここにお弁当置いておくから、お昼に食べろよ。母さん、また布団に入るな!」
俺は自分の着替えをしながら、目を配り小言を叫ぶ。
「ほのか、家の鍵は持ったか? ルスカ、留守中誰か来ても玄関開けるなよ! 母さん、そこで服を脱ぐな!」
顔を洗い、自分の髪をセットする。
鏡に写った自分のおでこを見て、また広くなっているのではと落ち込むまでがルーティン。
「ほのか、行くぞ! 母さん、ルスカのこと頼んだ!」
俺とほのかは、母さんとルスカに見送られて玄関を飛び出た。
ルスカが加わったとはいえ、いつもと変わらない朝に俺は一時、不安な気持ちを忘れていた。
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