その六 器物損壊と建造物不法侵入

「す、すげぇ……あのワームを一撃で……」


 ルスカの魔法は凄いの一言でしか表せなかった。

ただ、殼が飛び散り、近くにいた真封使い達は、怪我をしたのか慌ただしく、信号も折れ曲がり、ビルの窓もかなりの数が割れたようにも見える。


「あ、アカツキ……はよ、ぉマホウを……」

「うわぁ!」


 俺に抱き抱えられたまま、力無くぐったりとしているルスカに慌てて真封を使う。


癒体疲滅ゆたいひめつ


「ど、どうだ? ルスカ」

「復活じゃー!!」


 すぐさま両手を挙げて元気な様子を見せるルスカに、俺はホッと胸を撫で下ろす。

これで避難せずに済むと帰ろうとした時、俺は重大なことに気づいた。


「どうやって帰ろう……」


 外側からルスカの魔法を使って屋上へと上がってきた俺たちは、どうやって戻ればいいのかわからない。


「もしかして、ここから飛び降りるのか?」


 屋上の柵から地上を見渡す。かなり高く、思わず膝が震える。よく登って来たと我ながら思う。


「あそこから帰れるのでは?」


 ルスカがこの屋上にある唯一の出入り口である扉を指差す。

確かに建物内に戻れば階段があるだろうけど。


 試しに扉のノブを握り何度も回すが鍵がかかっており、開きそうにない。


「駄目だ、鍵がかかって──」

“ビクリバコ”


 ルスカの杖の先から白い拳が飛び出て扉を吹き飛ばした。


「な、な、何やってるんだよ!?」

「これで通れるのじゃ」


 それはそうなんだけど。

一度壊してしまったものはしょうがない。

俺達は建物内を通って階段で一階まで降りてきた。

あとは、窓を開けて外に出る。


 良かったのだろうか、これで。

だが、一刻も早く帰らないと母さんや、ほのかが心配しているだろう。

俺は、少し不安になりながらも沈む夕陽に照らされたアパートの帰路を歩いていった。


「おかえりー、あーちゃん、ルスカちゃん」

「お兄ちゃん、ルスカちゃんお帰りなさい」


 ほのかと母さんが出迎えてくれる。

随分と心配かけたようで、俺にしがみついて離れない。

それは、なぜかルスカも同じだった。


 俺は見てきたことの一部始終を話す。

母さんもほのかもルスカに関しては、凄いとしか言わない。


「あーちゃん、お腹すいた」

「ほのかも」

「ワシもお腹空いたのじゃ」

「だったら、離れてもらえませんかね。作りにくくて仕方ないんだけど」


 三人を引き剥がした俺は冷蔵庫を開くと、中身を見て愕然とする。


「買い物するの忘れてた……」


 本当なら、割引セールで買いだめしようとしていたのに、ワームのせいでおじゃんだ。


「許すまじ、ワームめ」


 仕方なしに冷凍保存していたもので何か作るしかなく、冷凍庫を漁るが、一人前くらいのカレー、ごはん、唐揚げをした余りの鶏肉……


「ぐぬぬぬ……や、やむ得ない。母さん、ちょっと買い物してくる」

「お兄ちゃん、ほのかも!」

「ワシも行くのじゃ!」

「母さんも! お菓子買いたい!」

「仲いいな、キミら!! ほのかとルスカは部屋を片付けてから。母さんは、留守番してお風呂掃除しといて」


 ほのかとルスカが、元気な返事をして寝室に散らばったぬいぐるみや本を片付けに戻るなか、「えーっ」と口を尖らせ明らかに不満な顔を見せる三十六歳。


「お菓子は買ってくるから」


 俺がそう言うと、サムズアップしてお風呂場へと向かった。


 俺は、ほのかとルスカを連れて、近くのスーパーへと向かう。

このスーパーの良いところは、ワームが倒されたらすぐに店を開く商売魂。

ただし、ちょっと高いし割引など数えるくらいしかない。


「ほのか。ルスカ連れて、お菓子選んでおいで。あ、母さんのも忘れずにな」

「はーい。いこ、ルスカちゃん」


 ルスカと手を繋ぎ、ほのか達は、お菓子売り場に直行する。


「さてと、まずは鶏肉、鶏肉」


 買うものを、頭に浮かべながら俺はまず精肉コーナーへと向かった。


「一二〇八円になります」


 ぐっ、やはり高い。この先のスーパーなら千円切っていただろう。


「あ、袋はいいです」


 エコバックに買ったものを詰め、二人には買ったお菓子を持たせた。


 街灯に照らされた夜道をルスカは、ずっとお菓子を見つめていた。


「しかし、懐かしいな。コスモスドロップって」


 袋に入っているのが当たり前の昨今、缶に入った飴玉の商品。

ハッカ飴が好きだったな。


「アカツキ。食べていいのじゃ?」

「だーめ。ご飯が食べれなくなるからな。我慢する」

「むぅ……」


 口を尖らせ、缶をずっと見つめるルスカ。

こうみると、見た目通りの幼女だな。

とても三百歳を越えているとは思えん。


「ただいまー」

「ただいまなのじゃ」


 ほのかとルスカが玄関を開けると、風呂場からびしょ濡れの母さんが出迎える。

風呂掃除するだけなのに、どうやったらここまで濡れるのかと思う。

膝上まである部屋着が、びしょ濡れで体にピッタリと張り付いていた。


「だぁー、部屋が濡れるだろう! 拭いてこい」


 俺は母さんを、回れ右させて脱衣場に放り込むと、着替えの部屋着と、適当に選んだ下着を脱衣場に放り込んだ。


「あーちゃん、この下着の気分じゃなぁい」

「文句言わず、履け」


 しかし、女性用の下着ってのはどうしてあんなに高いんだろな。

今、母さんに渡したのは、上下セット税込三九八〇円だ。

俺なら三枚一組五〇〇円だぞ。


 そういや以前、三田村に母さんの下着を買いに行ったら白い目で見られた、という話をした。


 三田村曰く、なんでも世間じゃ男性は女性の下着売り場に入るのを躊躇ためらうらしい。

しかし、中には暖かい目で見守ってくれた店員もいた。

そう話したら「それは、多分田代くんが女装するために買ったと思われたんだよ。暖かい目じゃなくて、生暖かい目だよ」ってさ。


 俺にはそんな趣味はないし何か言われたら、今度は母さんのだって言うよ、って続けたら「それは、それでやめた方がいい」って言われて女性店員と同じ目で見られた。


 訳がわからない。


 そんな事を考えつつ、料理を始めようと準備をしている最中に部屋中にスパーンと小気味いい音が響く。


「いったーい! あーちゃん、なにするの?」

「部屋着はどうしたんだよ! ほのかが真似したらどうするんだよ!」


 下着姿のまま、台所横を通り過ぎようとした母さんの尻を思いっきり叩く。


 母さんは、お尻をさすりながら「だってこの部屋着の気分じゃないもの」と涙目で訴えてくる。


「気分じゃないのは下着じゃなかったか?」

「気分が変わったんだもん……」

「へー、そりゃ気分屋もビックリの速さだ! 気分屋に謝れ!」

「ほのかー、あーちゃんがいじめるー!」


 ほのかも母さんに抱きつかれ、困った顔をしている。 ほのかには、すまないけど母さんの相手を任せて俺は料理を始めた。


「よし、出来た。おーい、ご飯出来た……って、速いな!」


 俺がテーブルに料理を並べようと振り返ると、そこには既に三人が椅子に座っていた。

ルスカも元々俺の席が、前から自分の席だと言わんばかりに当たり前のように座っている。


「まぁいいか。はい、親子丼。ルスカは熱いから別の器に移してから食べような」

「頂きますなのじゃ」


 人の話を聞いていないかと思ったが、小さな器に移してから、ちゃんと食べている。


 俺はテレビのチャンネルを変えながら、気になっている事を確認しようとしていた。

それは、何ゆえ今回は報道で聞いていた対ワーム急襲部隊の第一隊でなく、支援部隊が対応していたのか。


 しかし、どのニュースを見ても、ワーム出現の報道と倒されたという報道しかない。

ルスカが関わったような話も出ていないことに、俺は不可解に感じた。


「さて、次のニュースです。本日、ワーム出現で誰も居なくなったレイン建設会社のビルに侵入した人がいると警察から発表されました。

幸い人的被害も盗難もなく、イタズラ目的だったと思われます。

被害としては、屋上への扉が壊されており、器物損壊と不法侵入で警察当局は捜査しております。

なお、警察関係者の話によると防犯カメラに犯人らしき人物が写っており、特定に時間はかからないだろうとの話です」


 思わず吹いた。テレビに映っていた建物に見覚えがあったから。


(器物損壊? 不法侵入? 屋上への扉……俺のことじゃねぇかぁ!)


 冷や汗が止まらない。防犯カメラに写っていたと言っても顔とか、大丈夫だよな?


(駄目だー! おもいっきり真封育成学園の制服で行ってしまったぁ! すぐバレるじゃないか。不味い、どうする? どうすればいい?)


 こうなると嫌な事しか頭に浮かばない。俺の退学、逮捕。

母さんとほのかとルスカの面倒は誰が見る?

母さんが面倒を見てくれる人を探して悪い男に引っかかる。

ほのかとルスカにも危険が及ぶ。

ルスカがぶっ飛ばす!


 あれ、意外と大丈夫か?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る