その二 もうひとつのプロローグ

「ルスカ・シャウザード。あなたは、残念ですが亡くなりました」


 何も無い空間──いや、上手く言い表せないが、空間すらも無い不思議な感覚、夢に近いかもしれない。

ワシはそんな感覚に襲われながら、今、目の前にいる性別不明の、全身銀色の人物と相対していた。

そやつは、ワシが死んだと言う。

夢に近いとは言ったが、実にアホらしい。

ワシはさっきまでお昼寝をしてたのじゃが、何かあれば気づかぬほど耄碌もうろくもしておらん。


「貴様、誰だ?」


 全身銀色で、髪の毛すらない奇妙なコイツは、いったい何者なのか、だてに大賢者などと呼ばれているワシですら分からぬ。


「私は、神だ」


 ワシは思わず吹いて笑いが止まらぬ。神じゃと? 馬鹿馬鹿しいにもほどがある。


「では聞こう。神という証拠は? 無いじゃろ?」


 ニヤリと嫌らしく笑ってやると、眉? いや、毛は無いが眉の辺りがピクリと動く。

動揺したのか、やはり、神ではないと。


「ルスカ・シャウザード。因果より外れし子。歳は優に三百を越えるが見た目は、ただの幼子。

そして人では決して持てぬはずの真紅の瞳。

神以外では決して知る事のない情報だ」

「なるほどなのじゃ。よく調べたな。だが、お主知らぬようじゃな?」


 ワシは、含み笑いを見せつけてやる。肝心な事が抜けておるし、コイツは神などではないのじゃ。


「聖霊王のことか?」


 ワシは内心で舌打ちする。思わず目に動揺を見せてしまった。まさか、その事まで知っておるとは。


「もうよい、ルスカ・シャウザード。あなたの役目は終わったのだ。

だが、安心するがよい。あなたには別の世界に行ってもらう」

「ほう? 生まれ変わる訳ではなく、転移ってわけじゃな。死んだと言ったのはお主じゃぞ?」


 早くもボロが出たな。死んだやつを別の世界に移動させてどうする。

つまりはワシは死んでおらん。

嘘までついて神を名乗り、ワシを別の世界へと移動させる。

それはつまり──


「ローレライが狙いか?」


 ワシが元々住んでいた世界ローレライ。

ワシは別にあの世界を守っていた、などと思ってはおらぬが少なくともバランスは崩れる。

ワシをどうやらローレライから追放するのが目的みたいじゃな。


「残念じゃが、ワシを追い出した所で聖霊王が──なっ!?」


 ワシの足元が崩れ出す。いや、吸い込まれていく感じだな、これは。


 ワシは魔法で踏みとどまろうとするが、魔法が発動せん!


「もうよいです。あなたの高説は結構。さぁ新しい世界でせいぜい頑張るのですね」

「く、くそぉぉっ! 気が短すぎじゃろ! ワシを舐めるなよぉぉぉぉ!!」


 絶対、絶対ただでは済まさぬのじゃ!



◇◇◇



 吸い込まれていってどれほど時間が経ったのか。

ワシは、ただただ落ちていく感覚に嫌気がさしてくる。


(別の世界に連れていくなら早くするのじゃ)


 そう思ってた矢先、再び吸い込まれていく感覚が全身を襲う。


(どんな世界でもいいのじゃが、せめて食べ物が美味しい所希望なのじゃ)


 身体が引っ張られていく感覚が急になくなる。

そして次に来たのは自由落下する感覚だった。



◇◇◇



「違う世界へと行った!? 何故です、予定ではろくに何も無い世界へと移動させるはずでしょう」

「そ、それが何者かの介入により、ルスカ・シャウザードが行ったのは──地球です」



◇◇◇



「この世界の空も青いのじゃ……」


 遠く離れていく真上に見える雲。

ワシは今落ちているし、のんびりする訳にもいかぬ。


 空中で必死に体勢を変えようと足掻いてみるが、身体が僅かに傾くだけ。

しかし、これで首を後ろに回せば地面は見える。

地面はもう間近に迫っていた。


“ウィンドフォール”


 ワシは右手を地面に向け、緑色の光を放つ。本来は下降気流を起こす魔法なのじゃが、ここでは……


「戻ってくるのじゃ!」


 地面に向かって落ちていく緑色の光を、自分の方へ戻す。

落下する自分に向けて、風が巻き起こる。

上昇気流で、落下速度が落ちる。


 ただ、ワシは焦っていたらしい。

ほんの僅かにタイミングが速かった。


「ふぎゃっ!」


 地面間近で上昇気流が止み、綺麗に着地するつもりが上手くいかず足を滑らせ地面に盛大に転ぶ。


「いたた……」


 立ち上がり顔に付いた砂を払いながら、辺りを見回す。随分と広い場所に出たが、人の姿は見えぬ。


「な、なんじゃあれは!?」


 初めて見た、そびえ立つ建物に驚くばかり。

それも一つだけではなく、辺り一面バカ高い建物ばかりではないか。


「どうやって建てたのじゃ……」

「ねぇ、顔痛くないの?」

「少しヒリヒリするが、平気なのじゃ」


 突然後ろから声をかけられ振り返ってみると、そこにはワシよりちょっと背の高い少女がいつの間に立っていた。


 肩より少し長く艶のある黒髪にピンク色のリボンが映えておる。

大きな黒い瞳が、ワシの顔を覗きこんでくる。


「誰じゃ、お主は?」

「ほのかだよ」

「……いや、まぁほのかか。それにしてもここは──」

「ねぇ」


 ワシがまだ喋っとるのに。人の話は最後まで聞くもんじゃと、説教でもしようと思ったが──


「なんじゃ?」

「なんで、パンツ一枚なの?」


 何を言ってい──


「ぎゃあぁぁぁっ!!」


 いつの間にかワシはパンツ一枚に。

ワシは落ちて来たとき確実にワンピースを着ておった。

そこで、はたと気づく。

“ウィンドフォール”で上昇気流を起こした時にワシのワンピースが飛んで行ってしまったと、そういうことかと。


 慌てて周囲を見渡し、奇妙な形をしている穴の空いたオブジェを見つけたワシは穴から中に隠れるとうずくまる。


「ねぇ、服ないの?」


 穴からほのかという子が覗いて聞いてくるので、ワシは全力で頷く。


「そうだ! ちょっと待っててね」


 ああ、こんな格好のワシを一人置いていくな。


 ああー、行ってしまったのじゃ。



◇◇◇



「遅いのじゃ」


 待っててと言われて待っておるが、ほのかのやつ中々戻って来ないの。

オブジェの外には、まばらだが人の通りが見える。

今見つかったら、ワシは……ワシは……


「お待たせー。私のお古だけど、どうぞ」


 ほのかが持って来たのは、スカートと何やら派手な格好をした女の子が描かれたシャツ。

よくわからんが、これで助かる。


「よかったー。ぴったりだ。可愛い絵でしょ? そのプリチュア」


 よく分からぬ事を言う少女だが、これでひとまず助かり、一息つける。


「ほのか、助かったのじゃ」

「ううん。ねぇ、名前教えて」

「ワシか? ワシはルスカ・シャウザードじゃ」

「ルスカちゃんだね! 一緒に遊ぼう」

 

 この年端もいかない少女との出会いが、ワシの運命を左右するなど、この時は知らなかった。

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