その三 出会い~暁side~ルスカside~

【暁side】


「早く学校終わらねぇかなぁ」


 国立真封育成学園。俺、田代たしろ あかつきの通う学校だ。

“羽”が発現し、真封マホウを扱う者が通う場所。


 発現は、人によって年齢が違うので、クラスメイトには俺より年上だったり年下だったりとバラバラ。

とはいえ、ほとんど十代か二十代で、三十越えた人もたまにいるけど、四十代だと免除されるって聞いた。


 “ワーム”や“魔物”と戦うのには、遅いんだと。


 青く澄みわたる空と暖かな風を感じながら教室の窓の外を眺めていた俺は、一人で佇んでいた。

いつもの事だが、教室で友人と仲良くお喋りなど俺には、縁の無い話。


「まだ、始まったばかりなんだけど」


 そんな、ボッチな俺に話かけてるレアな存在。

ソーシャルゲームで課金ガチャなら間違いなくSSSレアじゃないかな。


 肩まで伸ばした艶やかな黒髪、その黒髪が耳にかかり掻きあげながら、普段通り明るい笑顔で話かけてくる女子生徒。


 三田村 弥生。


 誰にでも気さくに話かけ、クラスの中心の一人。性格よし、見た目も体型も文句なく男女問わずにモテる。

彼女は俺と同じ歳だからか、ぼっちの俺を見かねてなのか、よく話かけてくれる。

というより、彼女くらいだ。


「だって、早く帰って夕方の割引セールに間に合わせたいし」

「あはは、いつも通りだね」


 笑顔を見せると、左の頬に出来るえくぼ。

彼女は俺が見ていた窓に割り込んで来て、外を見る。


「ちょっ……狭いって!」

「うーん、田代くん。あれを見てたの?」


 隣で香水ではないだろうが、いい匂いをさせる彼女は、とある場所を指差す。

紺色の水着姿の生徒が、煌めく水面のプールを泳いでいる姿が目に入る。


「違うって! ただ、空を眺めてたの。三田村さん」

「えー、本当にぃ?」


 三田村は、意地の悪くニヤケた顔を近づけて俺をからかってくる。

前屈みになり、真っ白なブレザーでも分かるほど揺れた胸に思わず視線を反らして「本当だ」と反論した。


「ふーん、まぁそうか。田代くん、妹さんにしか興味ないもんね」

「三田村さん。その言われ方だと、誤解生みそうなんだけど」


 内心、確かに考えることは妹のことばかりだなと思いながらも、これを口に出してしまうと、色々世間的に不味い。


「そうそう、そろそろ“三田村さん”って呼び方止めてよ。弥生でいいよって、前にも言ったじゃない」

だって、“田代くん”だろ」


 彼女は頬を膨らまし不貞腐れる。柔らかそうな頬を、思わずつつきたくなるが、思いとどまる。


 ぼっちの俺とおかしな噂をされると彼女に悪いし、ただでさえ、良くない噂が耳に入ることが多い。


 かなり年上の男性と付き合っているとか、複数の男性と付き合っているとか、男に媚び売っているとか悪口も。


 しかし、帰宅する時にもそんな気配はないし、女子にも同様に笑顔を振り撒いている。

妬み嫉みのなすところだろう、彼女も気にしていないようだし。


“ウー! ウー! 緊急警報発令、緊急警報発令!! ワームが都内に出現しました。住民は直ちに避難してください”


 けたたましい警報が鳴り響き、ワームの出現を報せてくる。


 昔は、ワームも海を泳いで来たらしいけど、最近では突然現れるという事態が度々起きている。

ワープしてくるだとか、誰かが飼い慣らしているだとか、ワームや魔物に関してのニュースもそんなものばかりだ。


「ラッキー! 帰れる!」

「もう、なに言ってるの。避難しな──あれ?」


 学生扱いの俺らが戦いに出ることは無い。

全くではないが、よっぽどレアな真封を使える場合は、たまに要請が来たりもする。

俺は所謂落ちこぼれ。

“羽”は第四世代。通称“蠅”。

使える真封は、リリースサポート。


 リリースってのは、対象に放出する系統を意味していて、サポートってのは真封の種類で文字通り支援を行うだけ。


 聞けば凄そうに思えるが、ここで引っ掛かるのが第四世代ということ。世代が進むと真封の威力は下がっていく。


 そんな弱いサポート、誰が受けたがる? 


 大体、専らワーム退治は対ワーム対魔物対真封対策研究協会の仕事だ。

ワームが出現すれば、学校は自然と休みになる。


 割引セールが無くなるのは無念だけど、俺は誰よりも早く下駄箱を開けて下履きに履き替え、素早く校門を出る。


「ちょっとー、速すぎるんだけどー!」


 教室からか、三田村が何か言ってるみたいだけど俺は無視して帰宅する。


 学校から走って十分程度にある二階建てのボロいアパートの一階。そこにある三部屋の内の一室が俺の家。

風呂トイレはあるが、リビングと寝室のみ。

ここに俺、妹、母親の三人で住んでいるのだが、近所では三兄妹で住んでいると思われている。


 俺はドアを開くと妹が出迎えて──来ない。


「どこ行ったんだ、ほのかのやつ」


 テーブルに目をやると、一枚のメモが残されていた。


“公園に遊びに行ってくる ほのか”


 警報が鳴っても遊びに行くのは、ほのからしいと言えばほのからしいが、友達は誰も居ないだろうに。


「仕方ない、探すか」


 制服を着替えずにそのままアパートを後にした俺は近所の公園に向かう。


「あれ? 居ないな」


 ほのかは、時々突拍子のない事をするからな。

公園と言ってもここじゃない……となると、隣の町の公園か。


 いまだに、けたたましい警報が鳴り響く中、俺は妹を探しに隣の町へと入った。


「お! ワームだ」


 だいぶ離れているが、ワームの上部が見える。俺は急ぎ公園へと向かったのだった。



◇◇◇



【ルスカside】


「な、なんじゃ、あれは?」


 いきなり、けたたましい音が鳴り響いて何やら女性の声が辺りを埋め尽くす。

避難とか言っていた気も。


「あれ、ワームだよ」


 ワームと言うが、ワシはあれほど巨大な魔物を見たことがない。


「ねぇ、そろそろ代わってよ」

「もうちょっと、もうちょっとじゃ」


 ほのかは、ワシの背中を押しながらむくれ顔を見せておる。

しかし、この“ぶらんこ”は楽しいのじゃ。

隣にある“すべりだい”も中々だったが、一番は“ぶらんこ”なのじゃ。


「ほのかは、なぜ避難しないのじゃ?」

「お兄ちゃん、待ってるの。ルスカちゃんは?」

「ワシ? ワシはあんなのに負けぬのじゃ」


 遠目でよくわからぬが、虫っぽい魔物じゃろ。

大きさには驚いたが、それ以外問題ないのじゃ。


「よし! ほのか交代なのじゃ。次はワシが押すのじゃ」

「わーい」


 手放しで喜ぶほのかのために、思いっきり背中を押してやると、ピンクのリボンから垂れ下がる三つ編みが揺れる。


「お、お、おおお! ほのか凄いのじゃ! “ぶらんこ”が凄く高く上がった」


 ほのかは、座ったまま懸命に足を動かしている。

これが、高く上がる秘訣なのかと次の番に試そうと思う。


「ほのか!」


 ほのかを呼ぶ男がこちらにやってくる。

真っ白な服を上下に着ている男にほのかが笑顔を見せるところをみると、ほのかの兄だとわかる。

ほのかと同じ黒髪だが、一部赤い部分が。

体躯はかなりいい方なのだろう。突撃したほのかの頭が鳩尾辺りに当たるが、怯まないとは。

かなり強めに当たっていたのだが。しかし、この男、おでこ広いのう。


「ほのか、せめて何処の公園に行くか教えてくれないと。随分探した──うん? だれ、この子」

「ワシか? ワシはルスカ・シャウザードじゃ」

「ルスカ? 外国の子かな」


 まぁ、外国といえば外国なのじゃが。


「ううん、お兄ちゃん。ルスカちゃんはお友達なの」

「そうか。ルスカちゃん、君も早く帰れよ。さぁ、ほのか。あっ!」


 ほのかの兄が手を繋いで帰ろうとするが、その手を振り払って、ほのかがワシの元にやってくる。


「ルスカちゃんも一緒にウチに帰ろ」


 既に帰る家のないワシにそう言ってくれるとは。

ほのかは、優しい。

しかし、そうは言ってもほのかの兄が許可せんじゃろ。


「ほのか。うーん、じゃあ俺らが送って行くよ。おウチはどこ?」

「……帰れないのじゃ。ウチはもう無い」


 とは言っても必ず帰るがの。もちろん自称神をぶっ飛ばしてな。


「あれ、その服……そうだな。危険もあるし、良かったらしばらくウチに来るかい?」

「行くのじゃ!」


 意外にお人好しっぽいの。見ず知らずのワシを家に呼ぶとは。

これで、家は確保なのじゃ。あとは……お腹空いたのじゃ。

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