無視と横文字②

 次の日――。

 オレは、鳴沢に勝つべく家で対策を練って登校した。

 その対策とは、もちろん「鳴沢、横文字に弱い説」を実証し、男の純情をもてあそんだ鳴沢に一泡吹かせてやるためだ。

 だから、鳴沢が知らないであろう横文字の単語をたくさん探しまくった。

 逆に言えば、オレもわかってなきゃいけないので、



「これだったら、オレでもわかる!」



 という単語を探して、ちぎったメモ帳の紙片に書いておいた。

 ……とはいえ、鳴沢にメモを見られてはマズい。

 となれば、暗記は必須。

 これで成功すれば、さすがの鳴沢でも驚くだろう!



「安宍君、スゴいね! そんな難しい横文字の単語知ってるんだ!?」

「まあな。すべて努力によってコミットした結果さ」

「カ、カッコイイ……。私、安宍君に惚れちゃいそう」



 ……なんてことを言うんじゃないかと。



(今からでも浮かぶ鳴沢の驚きようが目に浮かぶなぁ~。これなら、アイツもオレのことを見直すに違いない)



 そう考えながらも、メモを片手に昇降口を上がる。

 だが、覚えた単語がコップ一杯の水のように、今にもあふれ出しそうだ。



「……えっと……ダイバーシティが……多様性で……」



 どうにか忘れまいと、復習がてらメモした単語を読む。



「安宍君、おっはよー!」



 ところが、背後から鳴沢が大声を張り上げてやってきたことで状況は一変。

 しかも、鳴沢のヤツ、オレのリュックサックを平手で思いっきり叩きやがって。

 おかげで体勢を崩して転びかけた。

 だが、なんとか持ち直して鳴沢をにらみ付ける。



「あ、あっぶねえだろ!」

「ゴメンゴメン。ちょっと走ってきた勢いが余っちゃった」

「危うく転びかけたんだから、気を付けろよ?」

「だから、ゴメンって。ところで、日本史の宿題やってきた?」

「宿題? あ、忘れたかも……」



 ……しまった。

 コイツを陥れる策を考えるのに必死で歴史の宿題を完全に忘れていた。確か郷土の史跡についていくつか挙げるだったような……。

 あ~、もういいや。

 それについては、後日提出するなり、今日の授業時間で考えるなりすればいい。今は、コイツをどうにかする方が先だ。

 オレは鳴沢への逆襲を内に秘め、何食わぬ顔で会話することにした。



「ダメだなぁ~、安宍君は」

「何がダメなんだよ?」

「だって、1回忘れると忘れるのがクセになることだってあるんだよ?」

「どういう理屈だよ。オレはたまたまだ」

「たまたまかぁ~。なら、『仕方ない?』なのかな」

「そうだ。仕方ないんだ。ちょっとやることがあって忙しかったしな」

「ところで、脚元に何か落ちてるよ?」



 ……と指で示され、足下を見る。

 そこには、さっきまで読んでいたメモ帳の紙片があった。



(マズいっ‼ 鳴沢に知られる前に回収しないと……)



 大慌てでしゃがみ、落ちていたメモ帳を拾う。そして、すぐさま起き上がって鳴沢の方を見た。



「……見た?」

「え? ううん、見えなかったよ?」

「そうか。なら、いい」

「何書いてあったの?」

「なんでもない。ただのラノベのネタだ」



 と言いつつ、教室に向かって歩き出す。

 というか、なんで鳴沢は後ろからついてくるんだ? これじゃあ、子ガモを先導する親ガモみたいじゃないか。

 だが、鳴沢はオレのメモが気になるのか、ジーッとこっちを見ている。




「え〜、見せてよ?」

「オマエさ、自分が見せたくないものを『見せて』って言われたら見せるのか?」

「え? イヤだけど……」

「そういうことだ。ってか、なんで見せなきゃなんないんだよ」

「だって、安宍君がどんなラノベ書いてるのか気になるじゃん?」

「どんなって……。んまあ、異世界ファンタジーものとか?」

「異世界ファンタジー!? って、『少年ステップ』とか『少年マンデー』とかに載ってそうなヤツ?」

「違う。『やろう系』ってわかる? 『小説家をやろう!』ってサイトに載ってそうなラノベのことなんだけど?」

「知らないなあ」

「んまあ、要は現代の日本で死んで神様に呼ばれたり、向こうの世界の人間に呼ばれて転生または召喚された主人公の話だよ?」

「へぇ~、そういうのが流行ってるんだ」



 今の流行は『悪役令嬢』に端を発した『令嬢もの』だけどな。

 まあ、ある意味少女漫画っぽいものも出てきてるし、そういうのを鳴沢に読ませるのもありかもしれない。



(……って、今はそういう場合じゃないだろ!?)



 心の中でそう思いながらも、教室に入って自分の席に座る。

 もちろん、隣に座っているのは鳴沢。

 今は先に登校していた女子と話をしている。鞄を机のフックに下げ、今のうちにとメモした内容を見返す。

 書かれている内容は、ほぼ頭の中に収まった。後は、鳴沢が知らない横文字を並び立て、困惑した顔を眺めるだけ。



(昨日の借りを返すぞ、鳴沢――いや、隣席の巨人!)



 決意を新たに鳴沢の様子をうかがう。

 どうやら、友人たちとのおしゃべりが終わったらしい。鳴沢の席にいた2人の女子は、いつのまにかいなくなっていた。



(今こそ、作戦決行の時――)



 そう思い、フリーになった鳴沢に話しかける。



「鳴沢よ」

「なあに安宍君?」

「さっき思いっきり背中を引っ叩いて驚かせた件だが、あれは重大なインシデントになりかねないからな?」

「インシデント――って、なにそれ?」

「つまり、重大な事故などが発生する状況、もしくはそう状況になりかねない事態って事だ」

「へぇ~、そういう言葉があるんだね」

「それぐらい当たり前だろ? スマホで調べたら、すぐわかる」



 そう指摘すると、鳴沢はとっさにスクールバックの中からスマホを取り出して、インシデントの意味を調べ始めた。

 どうやら、すぐに検索できたらしい。

 解説らしきものをマジマジと読んでいる。



「ふむふむ……」

「わかったか? そういうことだ」

「でも、周りの子たちはそんなこと言ったりしないよ?」

「たまたまだろ。プライオリティを考えてか、みんな会話してるからな」

「プ、プライオリティ……。また難しい単語が出た」



 フフーンッ! どうだ、鳴沢。

 さすがにオレの言ってることがわからず、困っただろう? スマホでまた調べてるあたり、どうにか必死に理解しようとしている。

 これなら、しばらく困惑顔の鳴沢を眺めて楽しめるぞ!



「優先順位って、意味なのかあ」

「まあ、今の鳴沢はそうやって調べながら、横文字を覚えていくことだな!」

「横文字かぁ……。普通に日本語でよくない?」

「何言ってるんだよ。都会っ子はみんな横文字使ってるヤツ多いんだぜ?」

「ホントに?」



 ウソだけどな。

 だが、鳴沢はスマホで一生懸命真偽を確かめている。横文字に本当に弱いんだなと思うとなんだか愉悦感に浸れる。

 だったら、この調子で鳴沢を翻弄してやろうじゃないか。



「まあ、なんのエビデンスもなしに言うのもなんだかなと思うし、この件はペンディングってことで」

「よくわからないけど、許してくれるってことでいいの?」

「ああ、そういうことだぜ」

「というか、そんな一気に横文字ばっかり言われてもわかんないよ」

「そこは調べてたら、いいじゃないか」

「そうなのかなあ? 私には、理解不能な単語ばっかりで人と話してる感じがしないんだよなあ」

「そこは、当人の意識の違いだろ?」

「じゃあ、安宍君。調べてたら、意識高い系って単語が出てきたんだけど、何かわかる?」



 へ? 鳴沢は何を言って……。

 オレは意識高い系が何のことかわからず、ズボンのポケットからスマホを取り出して検索した。



(意識高い系? 何のことだか……)



 そしたら、表示された内容を見てビックリ!



《意識高い系とは……?

 横文字が多用して自己顕示欲と承認欲求が強く自分を過剰に演出するヤツのこと》




 この字面を見て、オレは顔を真っ赤にしちまった。

 だって、こんなのナルシストみたいじゃないか。そんなつもりはなかったのに、鳴沢が横文字に弱いことを知って、ついからかうことばかりに意識が向いちまってた。

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