無視と横文字

無視と横文字①

 突然の強襲。

 これには、さすがに面食らったぜ……だが、ここからはオレたちの反撃だ。



「固定砲整備両班!! 戦闘準備――目標、目の前の超大型巨人。これはチャンスだ、絶対にのがすな!!」



 ワイヤーに吊されたまま、周囲に向かって喝声かっせいを上げる。

 なにが起こったのかわかってねえ同期は、全員あわ食ったみてえになってやがる。

 オレの命令に対して、耳をかっぽじって聞くほどの余裕はなかったらしい。

 だがいい――オレ一人で『ヤツ』をる!

 衆目が集まる中、オレはワイヤーを巻き戻しつつ壁を駆け上っていった。

 目指すは、超大型巨人――。

 あの日、あのとき、倒すことができなかった相手。

 だから、オレはアイツと相対せる機会をずっと願っていた。願って、叶え、あのとき誓った俺自身への約束を果たす。

 それが今日という日に果たせる。



『すべての巨人を一匹残らず駆逐する』――と。



 壁上をめざし、巻き戻るワイヤーの勢いで宙に舞う。

 そこから、再び壁に足をつけ、クソッタレな重力なんか無視して、さらに壁を駆け上っていく。

 気付けば、眼前に壁のいただきが見えていた。

 あとは、壁の上の見張り台に脚を乗せるだけ。

 食い込んだアンカーを外し、壁を走る勢いそのままに空中へと飛び上がる。

 だが、その瞬間――自分が「鳥になったのでは?」という錯覚を覚えた。

 背中に翼が生えて、身も心も、なにもかもが軽くなり、どこまでも自由な空へと旅立てる。

 そのままどこかへ行けたら、どんなによかっただろうか?

 けれども、それは刹那の微睡まどろみに見た白昼夢。

 意識を覚醒させ、現実に目を向ける。すると、次の瞬間にはストンと地面に足をつけていた。

 接地したのは言うまでもなく、壁上の物見台。

 そして、オレは『ヤツ』と目を合わせた。



「――よう、5年ぶりだな」



 ……と。

 漫画の中なら、カッコよくそう語れただろう。

 許せない――。

 1時間前、オレは鳴沢にからかわれた。

 どうしてなのかはわからない――でも、気にしてる身長のこと触れるし、あまつさえ童顔でカッコイイじゃなくて「カワイイ」なんて言われるのもイヤなのに。

 ううぅ~、もう隣にいるってだけでもイヤだ。

 でも、ここは学校。

 授業という手前、席替えでもない限りは鳴沢と離ればなれになることはない。ゆえに現在進行形で進んでいる世界史の授業でも隣同士なのだ。



「ねえ、安宍君」



 ほらな、さっそく声掛けてきた。

 あ~、もういいや――無視だ、完全無視。



「安宍君ってば――聞いてる?」



 ふんっ!

 さっきのさっきでよく声掛けられるな、コイツ。

 無神経なんじゃないか? まったく、オレがどれだけ屈辱的な思いをしたか、これっぽっちもわかってないじゃないか。

 とにかく、授業に専念しなきゃ。



「ちょっと? 安宍君?」



 さっきのさっきでよく声掛けられるな。

 無神経なんじゃないか? まったく、オレがどれだけ屈辱的な思いをしたか、これっぽっちもわかってないじゃないか。

 ホントならラノベの構想を練りたいところだけど、きっと鳴沢のヤツが邪魔をしてくる。

 とにかく、授業に専念しなきゃ。



「――おーい?」

「…………」

「……はぁ~しょうがないなあ」



 フッフッフ、さすがに諦めたな。

 んまあ、こんだけ無視していれば、いくら鳴沢のヤツでも……フゴッ!! 

 刹那、右のほっぺたに細くて固いなにかが突き刺さる。

 突然のことにビックリしたものの、瞬時に鳴沢の人差し指だと気付く。そのせいで、オレのほっぺたは道路の陥没現場みたいになっちまってる。

 んにゃろ〜鳴沢のヤツ、またオレの邪魔をする気だな?

 肉を食い込ませて、ラノベのプロットを書こうとするオレの集中力を削ごうって魂胆か。



「ウリウリ……」



 ちらりとみれば、意地の悪そうな笑顔でこっちを見てやがる。

 だが、しかしオレはコイツを無視すると決めたんだ。誰がなにを言おうと、コイツを取り合っちゃダメなんだ。

 耐えろ、耐えるんだ……オレ!!



「…………」

「まだ無視するか」



 なにも答えない、なにも答える気はない。

 いまコイツの言葉に反応しちまったら、オレの決意は意味のないものになってしまう。だから、いまは無視し続けるでいいんだ。



「えいっ」



 ――が、不意に痛みが走る。

 鳴沢のヤツがオレの頬におもいっきり人差し指をぶっさしたのだ。



「痛っ!」



 そのせいで、オレは鳴沢を意識せざるえなくなった。しかも、授業中だというのに半ば立ち上がった状態になっちまうし。



「……な~るさわぁ~」

「やっとこっち見た」

「なにするんだよ!!」

「だって、無視するだもん」

「だからって、やっていいことと悪いことがあるだろうが」



 んにゃろ~腹立つ。

 コイツ、オレのこと完全にバカにしてやがんな。

 いつか絶対仕返ししてやる。



「コラァ~、安宍。授業中になにやってるんだ」



 ……なんて思ったら、教壇に立っていた先生から怒られた。

 オレはなんも悪くないのに。



「違います! 鳴沢さんがオレのほっぺたを」

「いいから、とにかく席に着きなさい」



 もう一度言う、オレは悪くない!

 それだというのに、座った途端に鳴沢が意地の悪そうな顔で笑ってやがる。やはり、コイツには無視するというだけではダメらしい。

 鳴沢が小声で話しかけてくる。



「やーい、怒られてやんの」

「鳴沢、いまに覚えておけよ」

「呼んでるのに、ぜんぜん返事してくれない罰だよ」

「その原因を作ったのはオマエだろうが! だいたい人のことからかっておいて、なんで『はい、なんですか』なんて答えると思ったんだよ」

「やだなぁ~。私なりの愛情表現だよ」



 そんな愛情表現いらねえよ。

 というか、そんな気もないくせに安い言葉で語りかけてくるなよ。そのクセして、イタズラな笑みを浮かべてやがる。

 くっそぉ~っ、絶対いまに見てろ!



 次の中休み。

 オレは鳴沢の机の前に立った。

 もちろん、さきほどの暴挙を糾弾するためだ。



「おいっ、鳴沢! てめえ、いったいなんのつもりだ!?」

「いやぁ~安宍君の反応が面白くてつい……」

「『つい』じゃねえっ! 二度とやんな!」

「ええ〜っ!? 別にいいじゃん」

「よくねえよ。だいたい1時間前にオマエにされたこと怒ってないとでも思ってるのか?」

「え? 怒ってたの?」

「当たり前だ!!」



 オレの背が低いことをいいことに、鳴沢はやりたい放題。

 本人は如何にも「してやったり」っていう顔しててスゴく腹が立つ。あ~もう、どうにかして仕返ししないと気が収まらない。



「ねー機嫌直してよ」

「まったく。そうやってマウント取りやがって」

「マウント?」

「そうだよ。マウントだよ」

「……マウントって、なに?」




 え? 鳴沢のヤツ、何を言って……?

 いやいや、田舎の学校から転校してきたからって、さすがにSNSで見かけたことあるだろ?

 ところが、鳴沢は本気でわかってない雰囲気。

 「?」の文字が、いまにも顔から具現化して現れそうな表情してやがる。



(……いや、待てよ。これって、鳴沢に仕返しができるチャンスなんじゃないか?)




 そう思ったオレは、試しに鳴沢に横文字の言葉でわかりそうにない単語を投げかけてみた。



「マウントってのはアレだよ。自分より上の立場に立つとかそんな意味」

「あ~、そういうこと?」

「だから、オレはムカつくって言ったんだ」

「ふむふむ。でも、私はマウント取ったつもりはなかったんだけどな」

「オマエのそういう無自覚なところがムカつくよ」

「ゴメン、ゴメンって」

「フィックスすると、そうなってるんだろうが」

「フィックス? 今度はなに?」

「結果的にって意味だ」

「へえ~、そうなんだ」




 なんだ? この会話。

 しかし、鳴沢がまったく意味を理解していないことだけはわかった――つまり、これは使える!

 鳴沢に勝てる絶好のチャンス。

 ならば、使わない手はないと思い、オレは帰って早速鳴沢がわからないような横文字の単語を調べることにした。

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