高身長さんと低身長くん
丸尾累児
弦&美晴編
隣席の巨人
隣席の巨人
それは、ひと月前の5月半ば。
「え~、転入生を紹介するぞ」
教壇に立った担任の脇に見慣れぬ女子が立っていた。
顔は、丸顔で全体的にぽちゃっとした感じ。それでいて、赤茶色のショートカットがよく似合うカワイイ女子だ。
だが、それ以上にオレが圧巻だと思ったことがある。
それは、明らかに背が高いんだってこと。クラス中の女子たちと比べても、抜きに出て大きい。
へんぴな田舎町にスカイツリーが建ったんじゃないかってぐらいの光景だ。
そのせいで、周囲がメッチャざわめいている。
でも、見るべきところはそこだけじゃない。
オレにしてみれば、デカい胸が方に目が行ってしまう。
あれは、どうみても凶器だろ?
ラノベの新人賞のプロット作りに励んでいたオレが釘付けになっちまうほどに、あのオッパイは凶器だ。
対男子用の破壊兵器といってもいい。
クラスの男子がいままさにあのオッパイを凝視して、悩殺されているに違いない。もしかしたら、中にはすでに賢者タイムに入っているヤツもいるかも。
不意に小さな声を耳にする。
「身長スゴくない? ウチらより大きいよ」
「いいなぁ~。アタシちっちゃいから、半分ぐらい分けて欲しいよ」
なにやら、前の席の女子2人がひそひそと話をしてる。
オレはそれを後ろから眺めながら、さらに前に立つ背の高い女子の様子を窺い続けた。
「初めまして、
へぇ~吹奏楽部っだったのか。
ちょっと意外だな。あの身長なら、絶対バスケ部とか、バレー部とか、身長を要する部活だとばっか思ってたぜ。
あ、でも逆に考えれば肺活量はスゴいんだろうな……と思っていたら、いつのにか歓迎の拍手に包まれて自己紹介が終わってた。
「……えっと、鳴沢の席は――そうだな、窓際最後尾の
そして、担任の口から座る席の位置が告げられる。
……って、オレの隣じゃん。
勘弁してくれよぉ~、ただでさえ女子ってだけでしゃべりづらいのに。
俺の思いも虚しく、鳴沢が隣の席へとやってくる。同時にこっちを見ながら、今日からクラスメイトだと言わんばかりの挨拶をしてきた。
「よろしく」
「んあぁ、よろしく……。オレ、
「――あじし? 珍しい苗字だね」
「安い宍って書いて『あじし』。ちょっと間違えると、安い穴――なんかダサくね?」
「ぷっ……!!」
「あ、いま笑いやがった」
「ゴメン。そんなこと言ってくるとは思わなくて」
あ~もう最悪。
こんな風に第一印象から笑われるとは思わなかったぜ。まあ、それもこれもオレの苗字のせいなんだがな。
小学生の頃は「あちち」とか「味音痴」とかしょっちゅうからかわれてたっけ。まあ、いまとなっちゃ全然気にしてないからいいんだけどね。
……にしても、ホントデカいよなぁ~。
身長いくつぐらいあんだろ?
170センチ?
いや、もっとあるな――175ぐらいか?
胸のサイズも気になるし、気になることだらけ。
「ねえ? なに考えてる?」
と思ってたら、鳴沢に尋ねられた。
やべっ、顔に出てたか?
「あっ、いや……。背がホントにデカいんだなって」
「やっぱりか」
「……気にしてるんだったら……その……ゴメンな……」
「別に。もう昔っから言われてるから慣れっこ」
「そっか……。じゃあ、オレの苗字と一緒か」
「安宍君も?」
「さっきも言ったけど、あじしって珍しい苗字だからしょっちゅうからかわれてた」
「だよねぇ~。みんな人が気にしてること、すぐにからかいたがるし」
「あるある。オレも仲間内からも言われまくって、昔本気でキレたことあるよ」
「マジで?」
「マジマジ! そしたらさ――」
などと談笑。
あれ? オレって、意外に鳴沢としゃべってる? しかも、鳴沢のヤツが笑うと、いい感じに可愛く見えるんだが。
そのことに気付いたとき、
「お~い、そこの2人! 授業始めっぞ!!」
と、壇上の数学教師に注意された。
そのせいで、オレたちの会話は強制的に終了。
とっさに鳴沢と二人で「すいません」と返事をかえしちまった。ってか、この話の続きってしなきゃいけない?
それから、しばらくオレは鳴沢としゃべることはなかった。
1ヶ月もすれば、人間関係ってのもハッキリしてくる。
初日のうちは、鳴沢の背の高さを物見珍しさで人が集まってきていた。それは、クラスの女子のみならず、他のクラスの連中もだ。
ちなみに鳴沢の身長は180センチみたい。
ソースは、本人。
隣で会話を弾ませてる本人の口から出た言葉だ。
とはいえ、予想よりもデカいんだな。クラスの女子が隣に座る身長152センチのオレと比べてやがった。
そのことは悔しい事実ではある。
どうにもならないことだ。
しかし、それよりもこの集まりっぷりから、鳴沢をバスケ部かバレー部に誘いたい女子が現れるんじゃないか。
ましてや2年生の1学期だ。
いまから始めれば、秋大会ぐらいには戦力になるかもしれないし。
「実はさ、もう吹奏楽部に入部届出してきたんだ」
……と思っていた矢先、吹奏楽部に入部届を出してきたっぽい。
中休み。
次のラノベ新人賞の構想を練っていたオレの耳に聞こえてきたのは、そうした鳴沢の言葉だった。
左手で頭を抱えながら、右手でペン回しをする。
そうして考え込んでいると、どうも雑念的な意味で周囲の声が気になってしまう。オレの集中力のなさは切れかけの電池並だ。
……鳴沢か。
ホント、まったくもってデカい身長だよなあ。
おまけに胸もデカいし、色々デカいもの尽くしじゃん。
ただ、高身長ってのがなぁ~。もし、オレがコイツをラノベのメインヒロインのモチーフにするとしたら、とてもじゃないが受け付けない。
仮に並んで歩いたとしたら、単なる姉弟じゃん。
隣席の巨人――こう言い表しちまっていいのか?
とにかく、鳴沢ってのはオレの書きたいヒロイン像からはかけ離れている。
だいたいデカい女がヒロインってあんましねえんだよな。その点考えたら、もっとフワッとして清楚って感じのヒロインの方がラノベ的にはモテる。
とはいえ、こういう高身長ヒロインも考えようによっちゃアリかもな。
まっ、一応サブヒロイン枠として、ノートの端っこに書いておこ――などと思って、書き記していたときのことである。
「ねえ、安宍君」
突然、鳴沢に声を掛けられた。
すでに授業が始まっており、鳴沢もその口調は小声だった。
オレは、とっさに書いた内容を両腕で隠した。
「え……? な、な、なに?」
「いまなんか書いた?」
「なんにも」
「ウソだぁ~絶対なんか書いた」
「なんにも書いてないって」
「じゃあ、なにやってるかぐらい教えてよ」
「え、なにやってるかって……」
やっべぇ~ッ!!
こんなこと書いたってバレたら、怒られるどころ済まないぞ。最悪、どんなことされるかわかったもんじゃない。
こ、ここは誤魔化そう……。
「……ラ、ラノベの……構想……かな……」
「ラノベ?」
「ライトノベルぐらいは知ってるよね? それの賞に出すヤツ」
「え、マジで? 安宍君、小説家なんか目指してんだ」
「お、おう……。まあ下手の横好きってヤツ?」
「おい、そこ! 安宍か?」
「は、はいっ!」
とっさに先生に見つかっちまったよ。
それもこれも鳴沢のせいだかんな。
にもかかわらず、本人はおとがめなしで飄々としてやがるし。んでもって、オレだけが怒られた。
ったく、なんでオレだけ……。
チラッと見ると、鳴沢は教科書に顔を隠して笑ってやがった。
「あとで覚えてろよ、鳴沢」
それから、鳴沢に仕返しをする機会は訪れなかった。
別に話せないってわけじゃない。
けど、完全に男子と女子という違う者同士の空気――そういうのができて、鳴沢への仕返ししたいという気持ちも萎えちまった。
やっぱさ、女子と話せるのって最初のウチだけじゃん?
オレ自身に人付き合いの幅がないってのもあるけど、基本的に男女の友情なんて生まれたりしないと思う。
それ考えると、女子の友達作れるヤツってコミュ力高いんだろうなぁ~。
……って、まあ無縁だ――無縁。
オレには一生で来っこないし、鳴沢と話せたのも単なる偶然。
そう考えるのが妥当かもな。
――キーンコーンカーンコーン。
って、もう昼休みかよ。
「安宍、学食行く?」
気が付けば、友人が寄ってきて声掛けてたし。
とはいえ、今日は朝駆けにコンビニでサンドイッチとパックジュース買ってきちまった。おまけにラノベの構想練りたいという都合もあるからなぁ~。
オレは即座に断ることにした。
「わりぃ。今日は1人でラノベの構想練りたいからパス」
「まだやってんのか。努力するだけ無駄じゃね?」
「無駄なんかじゃねーし」
「はいはい……。まっ、せいぜいガンバれよ」
「言われなくてもやるよ!」
ご覧の通り、オレのラノベ作家への情熱は友人の間じゃ嘲笑の的になってる。
でも、諦めねえぜ?
だって、読むのも書くのも好きだもん。オレの作品で、たくさんのファンを楽しませるなんてことが出来たら最高じゃん。
なにより、めげないのがオレの取り柄。
……さてっと。
善は急げ。屋上入り口の踊り場のところで食事しながら構想を練るとしますか。
基本的に屋上というのは、扉が閉まっていて外には出られない。
ラノベや漫画なんかだと開放されている場合が多いが、実際の学校なんかだと自殺防止だの、強風に煽られて危険だからだの理由は様々。
いろんな理由で締め切られている。
だから、生徒が上がってこれるのは、その手前の踊り場――うちの学校の場合、古くて使わなくなった机が散乱している。
一見誰も使わなそうに見える机だが、オレにとっては最適なスペースなのだ。おまけに椅子もあるから、1人なら食事も取れる。
まれに上級生が屯していることがあるものの、それはご愛敬。
食事をしながら、構想を練るには便利なんだよな。
「ある意味快適、ある意味ぼっちだな」
と、ひとり言をつぶやいてみる。
さて、前回考えていたのは主人公の能力についてだったけ?
これがなかなか思いつかないんだよなぁ~異能力バトルものだし。そう考えると、やっぱしカッコイイのがいいよな。
ノートを開き、筆入れからシャーペンを取り出して考え込んでみる。
ふと隅っこに書かれた単語に目が行く――『隣席の巨人』。
鳴沢を表して書いた単語だ。語呂としてはいいんだけど、よくよく考えるとなにに使えるんだ、これ?
……ないな、消しとこ。
「隣席の巨人……」
「うっわあああああ!!」
突然、背後から誰かに声を掛けられる。
おかげで、椅子から飛び上がって転げ落ちそうになったよ。
もうホント、ビックリしたぜ……。誰だよ、オレが集中したいってときに声を掛けやがったヤツは!?
矢庭に振り返ってみると、そこには鳴沢が腹を抱えて笑っていやがった。
「お、オマエなぁ~!! 背後からなにも言わずに話しかけたら、ビックリするだろ!?」
「アハハハハハ、ゴメン。つい驚かしたくなっちゃって」
「驚かしたくなったって……。頼むから、勘弁してくれよ」
本気で心臓が飛び出るかと思ったよ。
この前といい、きょうといい、鳴沢はオレに恨みでもあるのか? まったくもし万が一、あのままポックリ逝っちゃってたら、どーする気だったんだよ。
しかも、こっそりとノートを覗き見てやがる、ちくしょうめ。
というか、いつからここにいたんだっ!? 少なくとも、これで鳴沢を連想させるようなメモ書きは完全に見られちまったし。
あぁ~あ、終わりだ。
きっと鳴沢のヤツも怒ってるに違いない。もうこうなりゃあ、野となれ山となれだ。
……と思っていたが、鳴沢は一向に怒る気配なし。
それどころか、意味ありげに微笑んでいた。
身体を反転させ、背もたれにもたれ掛かるようにして鳴沢と相対する。
「ふ~ん、私のこと、そんな風に思ってたんだ」
「……だいぶ前に思いついて、書き残しておいたんだよ。悪かったな」
「だいぶ前にねぇ」
「書いたことを気にしてんなら悪かったよ。謝るから許してくれ」
「ん? 別に? 私、身長のこと気にしてないって言ったじゃん」
「へ……? だって、オマエ――」
「安宍君って、自意識過剰?」
「う、う、うっさいわ! ボケッ!!」
「ププッ、勘違いしてやんの」
あ~もう! いちいちムカつくな!
なんなんだよ、いったい!!
驚かせたと思ったら、オレの罪悪感なんでまるで人ごとのように言ってくれちゃうし。っていうか、鳴沢が転校してきた初日からこんな感じじゃないか。
……もしかして、オレって鳴沢にずっとからかわれ続けてる?
そう思ったら、なんだか腹立たしくて仕方がなかった。
「ところで、安宍君って身長いくつ?」
「オレ? 152だけど」
「やっぱ、そんぐらいか――小っちゃいね」
「んだよ?」
「別に。他意はないよ」
「んだよぉ~ソレ」
「ちょっと聞いてみただけ」
この状況で意味あるのか、その質問。
オレはてっきりラノベの話をしてくるのかと思ったぜ。
こうなりゃあ、オレから振るか。
「鳴沢はラノベって読む?」
「う~ん、読んだことはなくはないけど、基本的に読書はしないかも」
「ということは、音楽鑑賞が多いの?」
「言われるとそうかも。吹奏楽やってる手前、参考にしたいジャズやクラシックなんかも聴くし、好きなアーティストの曲も聴くよ?」
「へぇ~そうなんだ」
「ねえ、いま安宍君が面白いと思うラノベってある? 薦めてくれたら、私も読んでみる」
「面白いラノベかぁ~。鳴沢が読んでもわかりそうな本っていうと……」
「なにかない?」
「ゴメン、すぐには思いつかないや。なにかいいのあったら、今度持ってくるよ」
「ホントに?」
「ラノベ好きになってくれるなら大歓迎だよ。オレの回りって、基本的に漫画読みばっかだしさ」
「あ~わかる。私も活字より漫画の方が読みやすいもん」
「だろ? ラノベはさ、ラノベなりにいいとこあるのにな」
「たとえば?」
「漫画より読んでいる時間が長い分、面白みもそのぶん長く続きます。これはある意味、何回噛んでも味のするガムみたいなもん」
「うーん、なんかツラそうだね」
「え~なんでだよ?」
「だって、ずーっと噛んでるガムだよ? それと似たような感じとか言われちゃったら、読むのツラくなっちゃうんじゃない」
「いやいや、違うよ。迫力のあるストーリーってのは、活字で読んで、頭で理解してこそ面白みがあるってもんだよ」
「……そういうもんかなぁ~?」
「そういうもんだって」
……って、よく考えたら、いつまで鳴沢と話してるんだろ?
いい加減、ラノベの構想練らなくちゃいけないじゃん。というわけで、鳴沢にはそろそろお帰り頂かなくては。
オレはそう思って、わざとらしい言葉で表した。
「――さてと。オレはそろそろラノベの構想練ろうかな」
「あっ、待って。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、少しだけいいかな?」
「なんだよ?」
おいおい、帰ってくれないのかよ。
鳴沢は、なにかを言いたげにオレを見ているし。
「あのさ、実は安宍君に質問したいことがあって探してたんだ」
「質問……? なに聞きたいの?」
「身長の高い女子と身長の低い男子が付き合うって、どう思う?」
「はぁ? オマエ、なに言い出すんだ?」
「別に。たいしたことじゃないけどさ、漫画とかであるじゃん」
「漫画は有りだけど、ラノベだと需要ねえだろ」
「ラノベとは言ってないじゃん。現実的な問題として、有りか無しかって話」
なんかこの状況から、鳴沢とオレが付き合うみたいな前提じゃん。
……ま、ありえないんだけど。
とっとと否定して、早く話を切り上げないと。
「ないね。女子が男子より大きいとかありえないでしょ」
「やっぱり、そっか~残念」
「え? なにが残念?」
「私、ちっちゃい男子もいいな~と思ったんだけどな」
「なにっ、その意味ありげな発言!?」
ちょ、ちょっと待って!!
それじゃあ、鳴沢はオレのこと……。
いや、待て。
これは孔明の罠だ。きっとオレを陥れるために、なんらかのトラップを張っているに違いない。
……と思ったが、当人は急に後ろを振り向いて去ろうとしていた。
「えっ……? おい、ちょっと!!」
慌てて呼び止めるオレ。
ってか、なんでこんな必死になってんだ。たかが『かもしれない』程度の憶測で舞い上がっちゃってるし。
鳴沢が立ち止まって見返った途端、オレは思っていたことを口にした。
「あ、あ、あのさ。それって鳴沢がオレに気があるってこと?」
「ん? なに言ってるの、安宍君」
「……は?」
「いや、だからなに言ってるのって聞いてるの。私、そんなこと一言も言ってないんだけど」
「ちょ、ちょ……」
ズルぅ~!!
なんか思わせぶりなこと言わせておいて、ズルぅ~!!
そのうえでのこの仕打ち。
あ~もうだんだん腹立ってきた。
「じゃあ、なんで聞いたのさっ!?」
「参考までに」
「……参考までに……って……」
「それを勘違いされてもなあ」
「なんだよっ。メッチャムカつくなぁ~っ!!」
「まあまあ、そう怒らないで。勘違いさせちゃった私も悪かったよ」
「だったら、もうそんなこと言わないで」
ホント、いい迷惑だよ。
こっちが勘違いして、すごく恥ずかしかったってのに。けれども、鳴沢はあっけらかんとした様子で、オレの方に近付いてきた。
「おわびと言ってはなんだけどさ、1つゲームしよっか」
「ゲーム?」
「目を瞑ってるから、私にキスしてみて」
「キ、キ、キス!?」
「うん、そう。唇にブチューって」
「マジで? オマエにキスしちゃうんだぞ?」
「別にいいよ。キスぐらいで、なにか変わるわけじゃないし」
「ってか無理じゃん。身長差ありすぎ」
「だから、ゲームなんだよ。役得でしょ?」
「だったら、椅子使うわ」
「あ、それはダメ」
「なんでだよ!!」
「それ使ったら、ゲームの意味がないじゃん。私は安宍君が必死に背伸びしてキスしてくれることを期待してるからゲームにしたの」
「くっ、コイツ……」
「それでどうするの? するの? しないの?」
コ、コイツ……。
完全にからかってやがる。
でもなぁ~こんなチャンス滅多にないし。ましてや、鳴沢は背丈こそ大きいものの、美少女であることには間違いないし。
ああもうっ、やってやる! やってやるぞ!
「わかった、やるよ。でも、ホントにキスしちゃって後悔しても知らないからな」
「それはできてから言いなよ」
「馬鹿にすんな、背が小さいとは言えオレだって男だぞ」
そういうと、オレは逆向きに腰掛けた椅子から立ち上がった。
すぐさま椅子を机の中に引き入れ、鳴沢と向かい合う。っていうか、こんな風に女子と真っ正面から向き合うのって滅茶苦茶ハズくね?
とにかく、余裕ぶっこいてるコイツの唇を奪ってやる。
「い、いくぜ……?」
「はいどうぞ」
「ホントにブチューってしちまうからな」
「いいから、早く済ませちゃってよ」
「あ~もうどうなっても知らないかんな!」
呼吸を整え、
高ぶる気持ちを抑え、
オレは鳴沢の両腕を掴んでキスを試みた。
目は閉じたまま。
なんとなく相手の顔を見てキスするなんて、小っ恥ずかしいじゃん。気が小さいって言われたら、それまでなんだろうけど。
それでも、やっぱり恥ずかしい。
……ってか、さっきから唇に届いてなくね?
オレは目を開けて、いまの状態を確かめてみた……ところが、予想外にも鳴沢のヤツが顔を上向きにして瞑ってやがった。
コイツ、汚ったねぇ……。
初めからキスさせる気がなかったってことじゃん。
これじゃあ、どんなに当たってもアゴのあたり。おこぼれに預かった念願のファーストキスなんて到底できっこないよ。
「まぁ~だ~?」
「も、もうちょい!!」
「早くしないと誰か来ちゃうよぉ」
余裕しゃくしゃくそうな表情しやがって。
時間切れ狙いかよ――クッソォ~こうなったら、意地でもジャンプして唇を奪ってやる。
その決意から、オレはとっさにジャンプした。
たとえ、つんのめりそうになろうとも、
結果的に転ぶことになろうとも、
そこに唇がある限り負けやしない。
そう思って、飛んだまでは良かった――が、結果は惨敗。
下唇はおろか、アゴにすら当たらなかった。あ、でも代わりに身体が鳴沢のデッカい胸を触れちまったけど。
おかげで、後方に転んで机に頭をぶつけそうになっちまったぜ。
まあ、とっさの判断で天板に両腕をついたおかげで助かったけど。
「プッ!! アハハハハ、大丈夫?」
「いたたた……。まあなんとか」
「でも、チャレンジは1回。これでゲームはお終いね」
「んだよ。ワンチャンよこせよ」
「ダメダメ! 1回だからこそ、スリルあるんじゃん」
「そんなルール聞いてない!!」
「聞かなかった安宍君にも問題あると思うけど?」
「汚えぞ、鳴沢!!」
「はーい! というわけで、ゲーム終了っと」
ぐああぁぁ~こんなん生殺しもいいところじゃん。
オレはその場にへたり込んだ。
あまりにもショックだったって言うか、初めて女の子とキスできるって思って勝手に舞い上がっちまったていうか……。
とにかく、骨折り損のくたびれもうけ。
不覚にも鳴沢の策略にハマっちまったってわけだ。
「あぁ~あ、女子と初めてキスできると思ったのになあ」
「え? 安宍君ってキスしたことないんだ」
「そりゃあ、そうだろ! こんなヲタクでチビなオレを好きになるヤツなんていないだろ!?」
「……そっか。それは悪いことしたね」
「まったく男心を遊びやがって」
まったくだぜ。
とはいえ、オレも鳴沢が好きってワケでもないんだし。単なるおこぼれで、キスしようって思ってたのがバカでした。
勘違いも甚だしいな。
とりあえず、このことは忘れてラノベの構想練ろっと。
オレは立ち上がり、椅子を引き戻して再び机に盛ることにした。ところが、そんなオレを鳴沢は放っておきゃしない。
「しょうがないな。残念賞として、私からキスしてあげるよ」
などと言って、背後から声を掛けてきたのだ。
おいおい……。
散々からかわれて、そんなの信じるワケないだろ?
頼むから、放っておいてくれ。もう小学生じゃあるまいし、二度もそう簡単に騙されるかっつーの。
オレは振り返って、鳴沢に言ってやった。
「いいよ、どうせキスする気ないんだろ?」
「今度はマジだって。ちゃんと口にキスしてあげるからさ」
「しない、しない。鳴沢は嘘つきだもんな」
「嘘つきじゃないもん。私、絶対って言ったら絶対するよ?」
「ホントにぃ~?」
「疑り深いなぁ~じゃあ、嘘だったらおっぱい揉ませてあげるよ」
「え? お、お、おっぱいを……?」
「これはホントだよ」
「……ごくり……」
「ほら、きちんと立って。さん、にぃ、いち……」
「わー! わー! わかった、わかりました! 鳴沢さんとキスしたいですっ、させてください」
これ、本気で信じちゃっていい系の話?
さっきまでからかわれてたせいか、どうにも疑り深くなっちまう。どうも考えても、オレを見て楽しんでる風にしか見えないんだけど。
でも、おっぱい揉ませてくれるとか言われちまったら……。
し、信じてもいいんだよな?
オレは立ち上がって、鳴沢と正対した。
「目、閉じて」
言われるがまま、目を閉じる。
その間、何秒か間があった。
なにやってんだ、鳴沢?
時間がどうにも長く感じて、こっち不安っちゃうじゃん。け、けど、嘘だったら、おっぱい揉ませてくれるって約束がある以上我慢しなきゃ……。
「じゃあ、行くね」
などと妄想を繰り広げてたら、鳴沢からの合図が来た。
たぶん、キスしようとしてる。
なんか目を瞑っていても、鳴沢の吐息が近付いてきてる気がする。ってことは、オレは人生初のキスしちゃうんだ。
鳴沢みたいなデッカい女のこととキスしちゃう。
身長のことを除くと、鳴沢はカワイイし、おっぱいだって大きいし。そう考えたら、じゅうぶん役得じゃないか。
ヤベェ~ドキドキしてきた。
あ、いまちょっと顔が近付いてきたっぽい。人肌のぬくもりも感じるし、鳴沢の鼻息のようなモノが伝わってきた気がするんだが。
ちょんっ……。
今度はなんか当たった……?
鼻先? これ鳴沢の唇の感触かな。唇にキスするとかは言ってたけど、鳴沢も緊張して間違えたのか。
いやいや、これはこれでアリかも……グヘヘ。
ん~でもなぁ?
この感触はなんか唇とは違うくね? 唇って、もっと柔らかくて、温かかった気がするんだけど。
確かな違和感に目を開く。
すると、そこにあったのは唇などではなく、鳴沢の右の人差し指だった。
「フフッ、ばぁ~か!!」
またしても鳴沢にからかわれた。
そのことに気付いたとき、オレは残念でビックリな報償にガックリと肩を落とした。
逆に鳴沢は意地の悪そうな笑みを浮かべている。
まさしく悪魔のごとき所業――。
自分の遊びのために他人をからかって、快感を得るなんてヒドいヤツだ。しばし呆然としたのち、オレはそのことを理解してカッとなった。
「……な、鳴沢ぁあああ……!!」
でも、それはもう後の祭り。
鳴沢は階段を下りて、3階の廊下に逃げ失せていた。さらにオレの方を振り返って、イジワルそうな顔でほくそ笑みやがったんだ。
オレはとっさに手すりにもたれ掛かり、鳴沢をにらみ付けた。
「安宍君!」
「んだよっ!? いいから、早く戻ってこい!!」
「カワイイッ」
「うっせえ!」
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