Cメロ


 全部わかってしまった。彼が、私に隠そうとしていたこと。


「あのケーキ屋、また公園でストリートチルドレンに炊き出しなんかやっていたのよ?」

「ああ、まったく迷惑だわ。あの人のせいで、この街にあんな汚らしい子供達が居付いちゃったじゃない」

「却下された孤児院建設の件も、しつこく食い下がっているらしいじゃない。嫌ね、だから貧乏人は」

「この街の雰囲気に、孤児院もストリートチルドレンも不似合いだ。土地なんか他にいくらでもあるのだから、さっさと店を畳んでどこか遠くに行って欲しいね」


 聞こえてきた嫌な言葉。なんて自分勝手で、気持ち悪い音。私が彼と一緒に居たところも見ていたのだろう。街の人が私を見るなり、まるで汚物を見るような視線を向けてきた。

 誰もが上等な服を着て、指や胸元を煌びやかなアクセサリーで飾っている。髪は綺麗に整えており、立派なお腹を重そうに抱えながら歩いている者も多い。


「なに……文句があるなら、はっきり言って」


 耐えきれず、私は街の人達を睨み付けた。誰も言い返して来なかった。ただ、冷たい目で見て立ち去っていくだけ。何だ、それ。

 掴みかかって噛み付いてやりたいが、我慢して私はお店への帰路を急ぐ。ドアには『臨時休業』の貼り紙が貼ってあった。

 今となっては、こんな貼り紙をしなくても誰も来ないのだろうと思ってしまう。ああ、嫌だ。仄暗い考えを振り払って、私は二階にある彼の部屋へと向かった。


「……ただいま、具合はどう?」

「おかえり、メル。ごめんね、迷惑かけちゃって」


 倒れてから、三日程が経っても彼は立ち上がることさえ出来ないでいた。食欲も無くて、熱が高い。

 でも、医者に診て貰うお金がない。事実、今近くの診療所に行ってきたところだが断られた。

 ……悔しい。


「あ、あの。りんご、冷蔵庫にあったから。少しでも良いから、食べない?」

「うん……それじゃあ、貰おうかな」


 掠れた声で、彼が答えてくれた。よし。私はキッチンから果物ナイフを借りて、ベッドの横に椅子を置いて。


「メル、りんご剥けるの?」

「た、多分」


 ぶっちゃけ見よう見真似だ。りんごの実にナイフをあてて、ゆっくり赤い皮を剥いていく。


「……大丈夫?」

「い、今真剣勝負中」

「あはは、気をつけてね」


 うう、難しい。彼はいとも簡単にりんごや野菜の皮を剥けるのに。でも、貴重なりんごだから。台無しにするわけにはいかない。

 慎重に、慎重に。


「……もう気づいたでしょ、メル。僕はね、この街では嫌われ者なんだ。ここは都市部から離れていて、静かで落ち着いた街だから住んでる人達もそれなりのお金持ちでね。高級住宅街って言った方が良いかな。だから、ここにストリートチルドレンの皆が来ることに反対している人が多いんだ」


 品の良い景観が、あの子供達のせいで台無しだ。孤児院なんてもっての他だ。自分を着飾るお金はあるくせに、幼い子供を助けようとはしない。

 それがこの街の現状。だから、彼のお店に誰も来ないのだ。そんなつまらない理由で、彼のプリンを誰も買ってくれないのだ。


「皆で助け合えるようになれば、と思ってこの街でお店を開いたんだけど。やっぱり、難しかった。やり方が……間違って、いたのかな」

「あなたは、間違ってない」


 手元に集中しながら、何とかそれだけを答える。そうだ、彼は間違っていない。間違っているのは、街の人達だ。

 チクタク。時計の針が、前へと進む。チクタクチクタクと、残り時間が無くなっていく。構わない。休んでいる暇はもう無い。


「……そっか。ありがとう、メル。きみに会えて、僕は幸せだったよ」

「私も、あなたに会えて良かった」


 ――思いが募れば募る程、『メル・アイヴィー』がこの世界で過ごせる時間が減っていく。


「出来た! ねえ、見て。綺麗に剥けた、見て……ねえ」


 丸だった形が少しだけ、ほんの少しだけ角ばったけど。頑張ったよ。元気になったら、りんごの剥き方教えて。あ、それよりもプリンが食べたい。また作ってよ、プリン。


「あのね……あなたのプリン、美味しかったよ。この世界に、ずっと居たいって思える程」


 違う、違う。そうじゃない。言いたいことは山程あるのに。言葉が、出てこない。思いが溢れ過ぎて、纏らない。

 ねえ、聞いてよ。私の、言葉。私のいのりを。


 目を開けてよ。


「……ばか」


 ぽたり、とシーツに落ちる透明な雫。返事はない。笑ってくれない。目蓋を閉じ、静かに眠る彼。私の悪態は受け取られず、空気に溶けて消えるだけ。


 ――そして、時計の針が動きを止めた。


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