第7話

                〇


 この日の夜は、部屋で一人で考える時間を作った。

 小林くんは、女慣れしていただけ。女遊びとは、違う気がする。

 大体、私と会っていた時だってごはんやお茶だけで終わった。

 遊ばれた記憶は、無い。


 私、今までの人生で、こんな関係の男の人って、いたっけ?

 小林くんとは友達みたいな感覚で、でも少しどきどきもした。

 私が負担に思うことは無く、それでも自分磨きが出来た。

 でも、ちょっと落ち込んでいる。

 心の中で、何処か、ちょっと期待はしていたんだろうな。


 麻里だったら、こんな気持ちにはならないんだろうな。

 いつも色んな男の人と付き合っていて、こんなパターンは経験済みなんだろうか。

 そうだよね、私も小林くんも、二十五歳だもんね。色んな人と色んな経験がある年齢だよね。


 私、今まで何をしてきたんだろう。

 麻里のこと嫌いって思ってきたけれど。

 麻里は私が経験したことの無い事例を幾つも経験してきた人間なのかも。

 麻里みたいに色んな人と付き合っていたら、色々なパターンを学んだんだろうな。

 本当は、何処かちょっと麻里が羨ましかったのかな。


 腹は立つけれど、もう少し麻里のこと、色眼鏡を外して見てみようかな。

 私には無い何かを持っているのは確かだ。


 しかし最近、麻里を見ない。

 カフェに行っても全然会わない。


「貴子、麻里を最近見かけないけど」


「麻里なら産休よ」


 そうだったのか。ホッとしたような少し寂しいような気持ちになった。

 自分の気持ちが何処に行ったらいいか解らない。

 今日の紅茶は、酸っぱい味を足すのが今の気分に合っている。


 紅茶を飲んで本を読んでいたら携帯のメールが鳴った。

 友達の景子からだ。高校卒業以来だ。来月遊ぼう、という内容だった。

 久しぶりに会いたい。けれども純子と先約がある。

 純子は地元も一緒で、景子に比べたらいつでも会えるんだけれど……。さすがに先約は断れないかな。

 苦い顔をしていたら、貴子に声をかけられた。

 

「先とかじゃなくて、由佳はどっちを優先したいの?」と云われた。


 私は、景子と会いたい。純子とは再来月もその次の月も、何なら来週だって会える。

 でも景子とは、この機会を逃すと、次にいつ会えるか解らない。


「由佳はよく、『どっちでもいいよ』って云うよね。一見、相手の意見を優先させているように見えるけれど、判断を相手に押し付けている、とも捉えられるよ」


 びっくりした。そんな風に捉えられるなんて思ってもみなかった。

 自分の意見を我慢して、相手の意見を優先させて、物事をスムーズに進めていると思い込んでいた。


「貴子、云いにくいことを云ってくれてありがとう。お陰で気付けた」

 心の底からそう思った。本当に、いくら感謝しても足りない位いつも助けてもらっている。


 私は純子に、東京から帰省した友達と会いたいので、来月の約束を伸ばしてほしいと連絡をした。

 純子からは【了解~次の休み決まったら教えてね】といった返事が来た。

 何だ、こんなもんなのか。いや、純子には申し訳無いと思ってはいるけれど。


「どう? すんなり済んだでしょ?」全てを見透かしたように貴子は云った。

 本当、そうだ。もしこのまま約束通り純子と会っていたとしても、景子の事が気にかかっていただろう。


                〇


 十月になった。今年は九月でも暑かったので、ようやく秋が訪れた気がする。

 気候が落ち着いたからか、大きい楽器を買いにくる人が増えた。

 子どもへのクリスマスプレゼントの下見だと云って、電子ピアノを見にきている人もいる。


 お昼時になると、一旦客足が落ち着く。今度は飲食店が混みだす時間帯だ。

 店内にお客がいなかったので、同僚の子が話しかけてきた。


「青山さんと京花さん、付き合ってるらしいですよ」

 衝撃の事実をサラッと云われた。

「……まじで?」素で聞き返した。


「まじです。誰かが、本人に聞いたそうです」

「京花、玉の輿だね」

「ですよねー! 羨ましいっす」


 何だろう。青山さんの誘いを断っておいて自分。

 この、他の誰かと付き合いだしたらちょっと惜しくなる感じ。

 この、他の誰かと付き合いだしたらちょっとよく見えてくる感じ。

 最低だな、私が。

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