第5話
「由佳さん、私結婚するんですよ。旦那になる人は、由佳さんが働いているお店によく行くって云ってました」
あー、うん。何となく解るわ。
「私、しわくちゃになる前に結婚しなくちゃって思ってたんですよ。子どもも早く産みたいし。子どもに手がかからなくなったら自由に過ごせるし。老後も心配なしじゃないですか!」
酔っ払っているのだろう。いや、こいつはシラフでも聞いてもいない事を喋りだす。
そうか、結婚したかったのか。だから男をとっかえひっかえしていたのかな。
「子どもを早く産みたかったので、若い時から相手を探さないとなって。でも誰でもいい訳じゃないんですよ。自分なりに標準を決めてあるんです」
麻里の相手探しの標準とは。
食べ方が綺麗。
挨拶ができる。
片付けができる。
NOと云える。
掃除洗濯料理などが一通りできる。
趣味を持っている。
仕事をしている、などらしい。
一見、当然の事じゃないか? と思ったけれど。
実際これができる男の人ってどれ位いるんだろ。いや、女の人もだ。
意外に考えているんだな、麻里。
麻里の話を聞いている内に、閉店時間になってしまった。
貴子と話したかったのに……。
こいつの、こういう、すぐ自分の話に持って行く所が嫌いだ。
〇
先日の穴埋めでは無いけれど、次の休日も貴子のカフェに行った。
今日はいつもより混んでいた。いつも通りカウンター席に座った。
今日も紅茶とチョコレートを頼み、雑誌を読んでいた。
今日のチョコレートは、苺が入っているやつだ。
しばらくしたら、隣に座っていた男の人に声をかけられた。なんとイケメンだ。
「あの……一度お話してみたいと思っていました」
え? 何て云った? 私に云った?
衝撃すぎて呆然としていたら、貴子がやってきた。
「こちらは小林祐貴くん、この店にいつも来てくれるの。由佳と話してみたかったんだって」
なんと。
「小林です。いきなりで申し訳ないです。由佳さんをここのカフェでよく見かけていて、お洒落だなって思っていました」
なんと。何事だ。
小林くんは医療機器関係の営業をしているらしい。
仕事中のランチや休憩に、ここのカフェによく来るらしい。
イベントにも参加したいらしいが、自分の趣味でダンスサークルに通っているらしく、中々スケジュールが合わないと云っていた。
あと合コンも毎週行っているぽい。
「合コンはあくまでも、合コンですから」などと爽やかな笑顔で云っていた。
合コンはあくまでも、合コンか。どんな意味が含まれているかは、小林くんのみぞ知る。
今度イベントがあったら、一緒に行きたいと云われた。その時、合コンはあっても行かないらしい。
これは……モテ期というやつか? カフェに行く愉しみが、増えた。
今日の苺チョコレートは、これを予感していたのか。
苺って、そういうイメージ。
〇
小林くんに会ってから、自分を手入れする時間が増えた。無意識に、いや意識しているのだろう。
職場で一人、急に休んだ人がいた為、仕事が忙しかった。
普段、楽器売り場は楽器専用のレジになっている。専門知識を持っているスタッフが担当している。今日は人手が足りない為、私が呼ばれた。
私に楽器の専門知識は無いけれど、保証関係の説明は出来るので幾らかフォローする。
ベースを買いにきたお客だった。……あれ? 多分、麻里の旦那になる人じゃないか。
多分そうだ、向こうも私を見て会釈をした。
ローンや保証関係の説明が一通り終わった頃、麻里の未来の旦那が話しかけてきた。
「あの、由佳さんですよね? 麻里がいつもカフェでご迷惑をおかけしているかと……」と遠慮がちに話していた。
ご迷惑と、解っている辺りに少しホッとした。これで麻里と同じ人種だったらどうしようかと思っていた。
さすがに迷惑だとは云えないので、ありきたりに答えた。
麻里の未来の旦那は、口数が少なく、必要な事だけを述べる人だった。
お似合いというか、丁度いいカップルというか。
〇
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