第2話

「いらっしゃいませ」

 いつもは自分が云っている言葉を云われる。

 この時私はつい、心の中で、相手を労う気持ちになってしまう。


 カウンターに座り、注文をする。

 今朝はまだコーヒーを飲んでいなかったので、コーヒーにした。

 カフェのスタッフがコーヒーを運んできてくれた。

「今日の洋服もお洒落ですね!」と一言私を褒めてくれながら。

 よく来るので、スタッフにも顔を覚えられている。

 ありがとう、と云おうとした所、カフェスタッフは他のお客に呼ばれて行ってしまった。

 好きなカフェだし友達のカフェなので、繁盛していて嬉しい。


「今日は紅茶じゃないの?」

 カウンターから、貴子が顔を覗かせて云った。

 私はここの紅茶とチョコレートの組み合わせが大好きだ。

 きちんと茶葉を蒸らして淹れている。香りが高級だ。

「今日はまだコーヒーを飲んでいなかったから」


 ランチ前なので、満席までいかない店内。

 貴子のゆっくりした動作から、今なら話しても大丈夫だろうと思い、話しかける。


「この間、由佳ゆかさんは何で彼氏つくらないの? って云われた」

 職場の同年代の子達と話していた時にいきなり云われた。

 そんな風に思われていたのかと驚いた。

 つくらないんじゃなくて、できないんだと答えた。

 好きじゃない人には告白されるが、自分が好きになった人にはフラれる。

 何なんだろう。


「確かに、由佳はルックスはそこそこだもんね」

 まじか。貴子にそう思われていたなんて、更に驚く。

「あとは多分、お洒落が好きって解るからじゃないかな? 由佳のファッションは完全に自分好みなのが解るし、隙が無くて近寄りがたい所はあるよ」


「自分好み以外のファッションなんて、あるの?」

 本当に不思議に思い、そう答えた。

 仕事や保護者会など、TPOに合ったファッションは解るけれど、普段の私服で自分が好きな服以外を選択するなんて信じられない。

 貴子は静かに微笑んだ。


「由佳、少し胸元のすっきりしたニットとか、ふんわりしたスカートとか着てみたら?」

 貴子はいきなりそんな事を云う。

「嫌だなぁ。かがんだ時に胸元が見えるなんて嫌だわぁ」


 今日の私のファッションは、襟が高めの薔薇柄のブラウスにデニムを合わせてカーディガンを羽織っている。秋になり、少し寒くなってきたので足元はサイドゴアブーツを履いている。

 私はスカートを履かない。【女】を出す事に、躊躇してしまう。



「由佳さん、Ⅴネックのニットを着てかがんでも胸元は見えないですよ。ほら、自分の頭も一緒に下がるから」


 横から出てきて、それだけ云って戻っていた彼女の名は平泉麻里まり

 私は小泉、一字被っている。

 麻里は馴れ馴れしい奴だ。私より二つ程若いと記憶している。

 私はこいつが嫌いだ。自分勝手でワガママで男をとっかえひっかえしている。

 残念な事に麻里もこのカフェの常連だ。貴子にとっては大切なお客の一人なので我慢している。

 第一違うテーブルからわざわざコメントしに来る程の事か。

 折角の休日だ。落ち着こうと思い、紅茶とチョコレートを注文した。


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