第24話 永遠に……5
空にはドラマの幕を閉じるように黒い雲が立ち込め、夜半の嵐を予感させた。
霊のハネムーンはこの上なく清らかだったけれども何かが足らなかった。もっと熱い血のぬくもりが欲しかった。
私達は風の翼にのって若いカップルのホテルへと急いだ。途中で見た村や寺院には、霊たちの生活が錦絵のように垣間見えた。
海辺のリゾートホテルに着いたときには、大粒の雨が降りはじめていた。ロビーへ小走りで急ぐ人陰が見える。ヨーロッパからの観光客も多いこの地区は、観光地の喧噪を逃れたくつろぎの空間があった。あたたかな夕餉の香りがかすかに残っていた。前の道路を車が数台ライトを照らして通り過ぎて行った。
若いカップルはくたくたになっていた。窓を閉めてベッドに沈もうとしたとき、風がふぁーと得体の知れぬ霊気を運んで来た。とたんに意識がもうろうとして、彼らは常軌を逸した恋人たちにふたたび脳を占領されてしまった。
「ごめんなさいね。時間がないの。
もう少しだけ、からだを貸してちょうだい」
時空に穴を開け彼らのようすをのぞいた天使は、もういいかげん無鉄砲を制止しようとも思ったが、もう少しの辛抱だと見て見ぬふりをした。
ベッドルームは初夜を迎えるにふさわしいくつろいだ木目調の部屋だったが、リマたちは最後の時間をホテルの一室でジッとしていることができなかった。
激しい雨が地面を叩きはじめていた。しかし、恋の嵐はそれ以上に強いものだった。
ホテルの車を拝借し、急いで海辺へと向かった。昼はサーファーなどでにぎわうビーチも、夜半の嵐のもとではどこにも人影はなかった。
車のワイパーが雨粒を弾き、ライトが荒れた海を映している。白い波頭が、牙のように、刃のようにきらめく。底知れぬ黒いうねりがあの世の扉をひらき、死の向こう側にある冥幽界を直覚させた。雄叫びのような、嗚咽のような雨音、波音。そこに歴史の苦役のような奴隷の行列がまかり通る。
女の手には力がこもった。
「鳥が、鳥がおどっているわ」
そう言われると、波は白い鳥の舞踏のようにも思えた。
女は身を起こし、
「あの鳥をつかまえましょう」と言った。
ドアを開けると、風雨が車内を一瞬に冷やした。傘もささずに砂浜へと駆け出した。シャワーを服の上からかぶったようなぐしょぬれの散歩だった。
ヘッドライトを縫うように波打ち際へ。高波が妖魔のように女を呑み込もうとした。鳥のようにふわっと空を跳ぶ。
ザザザザザザン
私は波をかぶり、彼女は水をはじいて駆け寄ってきた。
ザザザザザザン
手を離さずに波の中へ・・。私は彼女を抱え、浜辺へと戻った。どちらともなく笑いが巻き起こった。
「ほら、鳥をつかまえた」
「わたしもよ」
「ふたりが鳥なら一緒になろう」
「そしたらきっと小鳥が増えるわ」
「世界を鳥だらけにしてしまおう」
「ええ、鳥と緑のパラダイスに」
強く抱き合った。
「好きよ。好きよ。
愛しているわ」
嵐が恋の告白を可能にし、闇と冷たさとが愛の行為を崇高に導いた。
波は死への誘いのように足元を洗い、雨は俗世の汚れを落とすように私達を打ちつけた。その傍らを歴史の苦役の行進が通る。鞭や鎖や蹄の連鎖・・闘いおどる武者の高ぶり。亡霊たちは嵐にまぎれて現界を横切ったかと思うと、たちまち波のかなたへと消えていった。
私達は運命の糸をひとつに結んで震えていた。過去は街のかなたに、未来は雲のかなたにあった。そして波打つ今この時が、ふたりの恋のすべてだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます