第23話 永遠に……4

 エアポートに降りると、夕闇がせまっていた。陽気は暑かった。私達は若いカップルに背後霊のようによりそって街を見物した。

 意外にも賑やかな繁華街だった。店にはヒンズー文化の影響が見られる独特な民芸品が陳列されていた。神々や王を象ったお面、素材を生かした籐製品、カラフルな猫のハンガーや置物、伝統的なバティック、繊細な銀細工。デフォルメされた品物には縄文時代のような生命の力感が溢れていた。自由で素朴な猫の形がおもしろかったので、リマはその姿をまねてはしゃいでいた。

 リゾートホテルに到着した若い男は、

「なんか今日は変だよなあ。式場では失神するし、飛行機ではハイジャックのまねをした役者に出会うしさ。冗談じゃないよ」と新婦に言った。

「そういえば変よね。背中に悪い霊がついているような気がするわ」

 背後霊たちはそれを聴いてクスリと笑い、手をつないで風とともに彼らと別れた。

 集会所では観光用の舞踏が繰り広げられていた。竹の楽器に合わせた魔女と聖獣との戦いのドラマは、心にある光と闇との闘争のように激しく心を揺するものだった。異国の精霊たちが近寄ってきて、たがいに微笑みを交わして飛び去っていった。


 私達は、さらに深い自然のふところへと向かっていた。

 心のふるさとのようなカルデラ湖に到着して、人生の終着駅についたような感慨を覚えた。この湖の底に沈んで、魚となってずっといっしょに生きていけたなら・・そんな思いが心をよぎった。

 澄んだ夕空と湖・・どこからか南国の花の香りがした。ハイビスカスのような赤い情熱の匂い・・。ふと近くにつながれていた釣り舟のとも綱がとけた。そのボートに乗って流れるままに湖上を漂った。

 光が湖面に反射し、風と魚の飛沫でゆらゆらと波に転がる。私達は多くを語らなかったが、時は熟れたライチのように満ち足りていた。波間の光が金色の蝶となって回りを飛んでいる。それは自然の気まぐれが生んだ美しいライトアートだった。時計の針が迷ったように水面にたゆたい、静けさが極上のワインのように私達を酔わせていた。

 彼女は言葉の代わりに私の肩にもたれていた。風が湖面をすべり、時空がはるか古代へと遡っていくような気がした。

 ふと遠くからかすかに天の音楽が聴こえてきた。それは彼女の唇からもれた愛のささやきのようにも、私達の心臓の鼓動のようにも感じられた。ふたりの呼吸がピタリと合って同じリズムを刻んでいるのを聴いたとき、不思議なことが起こった。

 山がモアイのようにヌックと立ち上がり、素朴な風の調べに合わせてドンドンドンドンと足踏みをはじめたのである。万物が色を変えてブルーにレッドに輝いている。山の踊りは、地をゆすりながら楽しげに続いていた。それは恋が生んだ神秘の勝利であり、喜びが天地に感応した自然との一体感だった。

 釣り舟は湖の中心へと向かい、自然の音楽がふと鳴りやんだとき、私は恋人を強く抱きしめた。舟は一瞬この世の無常のように揺らいだが、心をしずめて船底に寄り添った。木の葉のように揺れる舟・・恋の行方を占うようにゆらゆらとゆらめきながら、ふたりはひとつに結ばれていた。野辺の薫りが湖上を漂い、星明かりが湖面に妖しく揺れていた。


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