第16話 恋のCOSMOSー3
そのとたん純白の羽衣が私達を春風のように包み込んだ。翼のように手を広げると、ふわりと空中に浮き上がった。まるでピーターパンになったような気分だった。窓を開け、手をつないで蝶のように空を飛んだ。それは私達が長年求め続けてきた至福のdateだった。
雪はやんで雲は消え、世界は夢のようにかがやいていた。街の灯が星の雫のように光り、つまらぬものに思われていた電線や信号機や雑踏までが美しく魅惑的なものに感じられた。それは恋が生んだ魔法であり、イマジネーションが生んだ奇跡だった。その一方で夜の梟や蝙蝠のように都会の魑魅魍魎のすがたが手に取るようにながめられた。私達は黒い翼の生き物を避けるようにネオン街を通り過ぎていった。
東京湾に出てベイブリッヂのてっぺんに腰を掛け、大都会のイルミネーションをながめた。それは人間が築いた情念の結晶体・・地下のエネルギーでこしらえた石油科学文明の花園だった。そこには何と多くの人たちが生活をしていることか。どれだけ多くの喜びとどれだけ多くの悲しみが渦巻いていることか。私は文明の火が夜空の星のようにかがやいているさまを見た。
「燃えているね」
「ええ」
「まるで世界の終わりのように」
「ええ」
「いやな時代に会ったね」
「いいえ。わたしは幸せ。
この日のために、わたしは生まれてきたのよ」
私はその一言に感激して立ち上がった。二人は手を取り合ってF山へと向かった。そのような私達のすがたをめざとく見つけた三つ目の妖怪がいた。
「なんだ、やつらは。
鳥ではないぞ。それなのに空を飛んでいる。
スーパーマンか。いや、ただの人間だ。
いや、人間が空を飛ぶわけがない。変な人間だ」
その報告を聴いたデーモンのかしらは、いたずら心を起こしてその後を追った。
夜の闇に沈んで、森は妖精の広場のようだった。梢から垣間見える星屑は、まるで木立の花だった。木々の丈が低くなるにつれて風は勢いを増し、清浄な山気が天を間近に感じさせた。ふたりは雪の岩場を縫うように頂上を目指した。霊気が夜の透明感を支えて流れている。風に乗り、天国へ一番近いところへと進んだ。
山頂からは世界が一望できた。山並、平野、海原へとつづく360度の展望。天地の蒼穹、満天の星月夜。
ケルンの脇で抱き合うと星が羨ましそうに光の滴を落とし、創世記に立ち会ったような感動に恋の喜びが天地に反響した。夜の闇からやさしい手があらわれて、私達をわが子のように愛撫しているかのようだった。
「きれいな星ね」
「君の髪飾りさ」
街の灯は、遠く地上の星のように輝いている。私は彼女の耳もとで呟いた。
「このまま銀河のはてまで飛んでいけたらいいのに」
女は一粒の涙を流し、せつなさにどちらともなくKissをした。彼女は手を取り、夢見るように誘った。
「いきましょう。銀河のはてまで。
目をとじて、わたしを抱いて」
淡い色彩と、花の薫りと、風の翼。神の手の平のうえ、悲しみが喜びに転化するCOSMOS。薔薇の輝きと、水晶の息吹と、風と水とが恋する地点。心の留め金が外れ、全身が宇宙に吸い込まれていくようだった。
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