第5話 運命の出会いー5

 そこに一台の外車が停まった。

 彼女は車に向かって

「痴漢よ! 助けて!」と訴えた。

 黒塗りのベンツから猟犬が二匹飛び出してきた。彼らはナイトではなく、街のチンピラたちだった。

 彼らは「この野郎!」とドスをきかせながら拳や蹴りを喰らわせてきた。

 後ずさりしてガードしたが、正義の味方気取りの野蛮人の攻撃は鋭かった。一人が後ろから抱えこみ、一人が前からキックボクサーのように暴行を加えてきた。横腹にパンチが決まり息がつけないところを、回し蹴りが脳天にきまり私はどっと倒れた。

「たあいもねえ野郎だぜ」

 ごろつきのMが女に近づき、

「姉ちゃんよお。助けてやったんだ。なんかお礼をしなよ」と送り狼の素顔をあらわにした。

 彼女は頭を抱えて崩れるようにうずくまった。

 小太りの不良Gは、

「ケッケッケ。ヤツは蛙さ。ゲロゲロバアー」とヒキガエルの真似をした。

チンピラたちは腹をかかえて笑ったが、少女の一言が彼らの笑顔をかき消した。

「彼を殺して」

 緊張の糸がピーンと張りつめた。女はMの胸ぐらをつかみ繰り返した。

「お願い。彼を殺して!」

 そのそぶりには、自分を捨てた恋人を怨むようなひびきがあった。

 小太りのGは、「兄貴。こいつ、ラリってんじゃねえのか」といった。

 長身のMはしばし沈黙していたが、

「報酬は?」と尋ねた。

 女の唇が淡々と動いた。

「わたしをあげるわ」

 Mは「フフッ、おもしれえ。やってやろうじゃねえか」といって飢えた狼のような目つきをした。

 弟分のGは「兄貴。やめようよ。こいつはおかしいよ」といって、頭のうえで人差し指をくるくると回した。

「バカヤロー! お嬢さんが頼んでるんだ。断れるかよ」

 そう言いながら小声で耳打ちした。

「いいか。マジでやるなよ。殺したフリをしろ」

 彼は悪だくみを知り、下半身の欲望に火がついた。顔を見合わせてニヤリとしたのが承諾の合図だった。Mはふところよりジャックナイフを取り出してGに渡した。

 彼はもったいぶって、それを女にチラつかせた。凶器は薄暗がりのなか、流星のようにキラリと光った。自分の頬をピタピタたたき、ナイフを見つめて

「おまえにも餌をやるか。蛙の肉と血のジュースだ」

 男は光る物を大袈裟に振りあげた。そのとき背後から車の音が聞こえた。臆病者はあわててナイフを背中にかくした。

 軽トラックが停まり、

「どうしたんだい?」と、年輩の男の声がした。

「ダチが酔っぱらっちまってよう。へばってるんだ。

 だいじょうぶだ。気にせんでくれ」

 Mの話に合わせ、Gは酔ったふりをした。

 車は静かに発進し、われらの横を事もなげに通り過ぎていった。チンピラたちは、目を合わせてふり返った。少女は私のそばに座っていた。

「どきな」とGは言ったが、ふと女が泣いているのに気づいた。彼はあきれたようにMを見た。女は私に抱きついて、

「いっしょに殺して!」と叫んだ。

 Mは堪忍袋の緒が切れた。

「おい。ふざけるんじゃねえぞ。てめえ。

 俺たちを人殺しにするつもりか」

 Mは女の胸ぐらをつかみ平手打ちをくらわした。自分の行為に興奮し、「そんなに死にてえなら、俺が殺してやるよ」と手荒な痴漢に変身した。赤いトレーナー手を入れて素肌に触れた。

「いや、いや!」

 Gもナイフを雪の上に置いて加勢し、嫌がる女を押さえつけた。抵抗しても無駄だった。彼らは強引に彼女を車に連れこもうとした。そのとき、

「やめろ!」と叫んだ。

 雪の上に落ちていたナイフを拾って立ちあがった。

 Mは、「また、袋にされてえのか」とすごんだが、恐れなかった。

「さっきの仕返しをするぜ」

 剣道の心得があった。チンピラたちは私の手にあるナイフを見て後ずさった。

 口元から血が流れていた。『本当に殺してやろうか』

「おい。俺は丸腰だせ」

 私は戦場で敵に遭遇した兵士のように不良たちに近づいた。彼らにはその姿が鬼のように見えたのだろう。

「あいつ、切れてるよ」といってGは車にかけこんだ。

 Mは「畜生!」と叫んで後につづいた。黒いベンツは逃げるように走り去った。

 雪が花のように舞っていた。あたりはシーンとしていた。

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