第4話 運命の出会いー4

 そのとき、私の心をさっと斬り裂いた影があった。

「待って!

 わたしを連れてって! 」

 それが辻強盗なら命はなかったに違いない。

 ぼんやりとした外燈の下、若い女がひざまずいていた。

「お願い!

 わたしを連れてって! 」

 突然の出来事に混乱した。

「えーッ、じょ、冗談でしょ?」

 女はその答えを聴いて、がくりと肩を落とした。

 私は自分の常識をすっかり裏切り、人生への固定観念をぺしゃんこにした事実を前にして、初めて女に出会ったアダムであるかのように後ずさった。

 だが、彼女は幽霊ではない。その証拠に、ほら、路上に身を投げ出して小犬のようにふるえている。

 状況把握のために数呼吸をおき、真実を衣でおおうように尋ねた。

「どうしたの?

 何があったの? 」

 それは、あまり気が利いた質問ではなかった。すると彼女は水に溺れかけた人のようにすがりついてきた。しかし、それは初対面にしてはあまりに唐突な行動だった。反射的に突きとばした。

「や、やめろよ! 君!

 頭がどうかしてるのか?」

 去ることもできずに凝視しながら、気違いか? それとも金に困った女の売春か? と考えた。

「俺は貧乏人だよ。財布のなかみはスカンピン。

泥棒にも恵んでもらいたい身の上なのさ」

 若い女は、その発言に正気を取りもどしたようだった。羞恥に顔を赤らめ、私の視線から逃れるように立ちあがり、ふらふらと歩きはじめた。その姿が妙にせつなくて胸がズキンとした。

「ちょ、ちょっと、忘れ物だよ」と呼びかけた。

 娘はとまらない。路上に転がったスーツケースを持ってあとを追った。

「道に迷ったの?

 お金落としたの?」

 少女がかたくなに黙っているので憮然として立ちどまったが、思い返して、

「さっきは突きとばして悪かったよ。突然の事でびっくりしたんだ。

 家は近いのかい? 一人で帰れるかい? 」と質問を繰り返した。

 彼女は目を伏せながら、

「ほっといてください。

 家も近いし、すぐ帰れます・・」

 語尾がつまったのを聞いて、『これは、家出だな』と思った。

 返す言葉をなくして黙っていると、彼女はその場から逃れるように駆けだした。ところが路上で転倒した。

 見かねて近寄った。

「どんなわけがあるかは聞かないよ。でも、一晩中こんな所にいたら死んじゃうよ。

 さあ、行こう」

 若い女はかたくなに私の方を見なかった。高校生ぐらいの年頃ではあるが、女は女かと常識を働かす。

「だいじょうぶだよ。安心して」

 娘は反応もせずに聞き流している。立ち上がらせようとするとびくんと体をこわばらせた。

 膝小僧を打ったのだろう。怪我をしているようだった。看護婦よろしくバンダナで傷口をしばった。

「歩けるかい?」

 今度は彼女が驚いた。そして泣きじゃくりはじめた。

 その腕を肩にかけて持ちあげようとしたとき、魚がはねるように彼女は私を押しのけた。

「いや、いやよ!

 あっちへ行って!」

 突然の抵抗に戸惑った。

「だれか助けて!

 助けてェー!」

 彼女は暴漢から逃れるように声を振りしぼった。

 あまりのことに呆然と立ちすくんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る