第2話 運命の出会いー2


 一駅前で降りたのだから一駅余計に歩かねばならない。期待したサイコロの目が一つ足りなかったのだ。

 街並は雪の薄化粧で自然の清らかさを取りもどしていた。車の通りも少なく、街明かりも遠慮がちに光っている。寒さが都会の正気をとりもどし、ここが自然の一郭に過ぎぬことを思い出させたのだろう。うっすらと綿のように積もった雪は都市の汚物をかくし、クリスマス・イヴの街をデコレーションケーキのように飾っていた。

 私は沿線の路を、コートの襟を立て、ポケットに手を突っこみ、白い息を吐きながら歩いていた。

 取り留めのない考えが雲のように去来する。それを拾い集めようとしても、雲をつかむことはできない。ところが、われわれを一つに結びつけているものがある。たとえば、大地、青空、万有引力。あるいは、宿命とか、運命とかいう不可解な霊の法則。信じると否とにかかわらず、人生という交響楽をどこかで指揮しているタクトがある。それが絶対の一ではなく、相対のニと感ずるのは迷いなのだろうか。どこかで幻の日が真実の光を欺いているのだろうか。

 立ちどまって溜息をついた。淡雪が頬を打つ。私はそれを払いのけ、またとぼとぼと歩きはじめた。


 雪はしんしんと降り積もる。それからどれほど歩いただろうか。

 足をとめて深呼吸。そこは誰もいない公園だった。樫の木陰で一休み。ときどき車のヘッドライトがナイフのように広場を横切る。それ以外には静けさを侵す何物もない。

 街灯で時計の針を見ると、午後九時を十六分ほど回っていた。氷点下の寒さがなければ、ここは白い楽園だった。

 そのとき、ベンチの上に二つの黒い影が動いたように思った。物好きなアベックもいるものだ。ブランコまで歩き、雪を払ってそれを漕いだ。子どものころに戻ったみたいに。

 やがてベンチの人影は消え、一陣の木枯らしが晩秋の記憶を吹き払った。私はそれを確認し、公園を立ち去った。

 勝手な空想が次から次へと浮かんでは消えていく。からから回る風車、くるくる回る糸車、ただ悔恨の水車、言っても詮ない事なれど、ただ回るのは火の車、片輪の外れた人力車・・・。

 座る人を失った黄金の椅子が一つ、心の中央に置かれている。私はその回りを二十日鼠のように回りつづけていた。

 その空席は、誰かのぬくもりを欲して日夜さまよいつづけている。そこには、見知らぬ恋人の面影が、いつも嬉しそうに座っていた。そして私は、その幻を追い払うことができなかった。

 メビウスの輪のごとき永遠に未完の完結。それは、このうえない幸福とこのうえない不幸との二色の泉だった。


 そのとき私はK大の学生だったが、通学せずに下手な物書きに没頭していた。作家になるなどという強い野心があったわけではない。ただ自己の存在証明がほしくて、突き上げるような表現の衝動に突き動かされていた。つまり私は、一通の遺書が欲しかったのである。しかし、書けば書くほど取り留めがなく人生の問題の複雑さにじれてくる。

 恋に死ぬ?・・ノー。革命か?・・ノー。とにかくこのままでは死ねない。微笑んで死ねるその日までは。

 私は自分の過去を引きずっていたのかもしれない。厳格な父のもと僧侶の家庭で育ったことが、私に根源への問いを与えていた。生について、死について・・人間とは何か? 人生とは何か? 神仏とは何か? 答えのない問いを続けながら、あきらめずに答えを求め続けていた。

 青春の悩みに耐える日々・・私は見知らぬ小道をくの字にL字に曲がりながら、野良犬のように街をうろついていた。

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