第45話 松姫転生

「松姫っ!」

「銀翔っ!」


 ――ああっ!

 おきつね銀翔の胸に飛び込んだナナコは松姫としての記憶をどんどんと取り戻していく。


「本当に松姫か?」

「そうだよ。銀翔」


 銀翔はその胸にナナコとして生まれ変わった松姫を抱きしめながら、次々とこみ上げる涙を溢れさせた。

 ナナコは強い意志の瞳で銀翔を見つめました。

 あれから幾夜を迎え幾年たったことだろうか。

 ぎゅうっと力強く抱きしめ合いながら銀翔とナナコは互いの変わらぬ想いを確かめ合う。

 熱い気持ちがよみがえってくる。


 少し生意気でとことん可愛い松姫をオロチも愛おしげに見つめていました。

 銀翔とたとえ抱き合っていても松姫はオロチにとっても愛しい人に変わりがないのでした。


「銀翔っ……」

「すまなかった、すまなかった。ワシは松姫を守れんかった」

「いいよ。銀翔のせいじゃないよ。嬉しいっ! 私はまたあなたに会えたから」


 松姫が生まれ変わった姿が藤島ナナコだった。

 銀翔とナナコはお互いの温もりを感じていました。


 そして銀翔がさらにぎゅっと抱きしめると、ずぶ濡れだったナナコの髪も体も服も、彼の起こした妖力の暖かい熱風でたちまち乾いていきます。

 まるでドライヤーのごとく。

 自身の浄化の雨の妖術で濡らして風邪をひかせるわけにはいかない。

 銀翔はナナコの頭を撫でました。


 そんな折り――。

 風森町の結界がピリッと鳴った。


「なんだ? この妖気は?」

「いつの間に風森の結界内に入り込んだんだ?」

「物凄く強い妖気を感じるわ」


 三人はひしひしと妖気を感じる先を見た。

 銀翔とナナコとオロチは信じられないものを見た。

 

 薫に黒いもやがかかる。

 一匹の妖怪が薫にかしずいていた。


「ぬらりひょん様。おひさしゅうございます」


 大鎌を構えた妖怪が薫に忠誠心を表している。


 薫が空を仰ぐと、黒い妖気がたちまち立ち昇って、体を包んで。

 己をすっかりびしょ濡れに濡らしたはずの銀翔の浄化の雨の雫たちを蒸発させていく。


「アイツはかまいたちだ。昔やり合ったことがあったがな。多少腕が立つ奴だ。ちいっとばかり手こずりそうだな銀翔」


 オロチは妖星剣牙涼刀ようせいけんがりょうとうを両腕あたりの空間から取り出して構えた。


 数メートル先のかまいたちは薄くあざけ笑っていた。

 大鎌を構える。


「薫ーっ!!」


 ナナコは異変に包まれていく幼馴染みの薫に名を呼びながら叫ぶ。

 薫のそばに駆け寄ろうとして銀翔に腕を掴まれた。


「銀翔?」

「だめだ松姫。行かせられない」

「銀翔!」

「薫はもう薫ではない。いや元々覚醒していないだけであの者は妖怪大王ぬらりひょんだ」

「ぬらりひょん……」

「なぜ人間になってんだ。ぬらりひょんの奴」

「わからんの。オロチ」

「そうだな銀翔。分かるわけないな」


 フッとオロチは笑った。

 オロチはかまいたちと睨み合いながら間合いをとっていく。


「かまいたちは俺が相手をする」

「ああ。頼むぞオロチ」


 銀翔はナナコを見ながら自分の背中にかばうようにして狐火を出しながら構えた。


「松姫。ワシの背後から出るでないぞ」


 松姫とやっとまた会えたというのに。

 失うわけにはいかない。

 ナナコとなって生まれ変わった松姫を背後に守りつつ、おきつね銀翔は薫の姿のぬらりひょんと向き合っていた。

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