第44話 ナナコのなかの松姫

「松姫」

 ゆっくりと銀翔はナナコの方へ歩みを進める。

 雨を止めてしまっては松姫が幻のように消えてしまう気がした。

『銀翔』

 ナナコは口からサラリとこぼれ落ちた名前の呼び方にびっくりしました。

 私は「銀翔くん」とおきつね様を呼んでいたはず。


 ドク…ン!!

 ナナコの中に脈打つ想いが溢れました。

(なんで銀翔を忘れられていたのだろう?)

 ナナコは駆け出していました。



 残された薫はギュッと胸を締めつけられた。

 ずっと近くにいた。

 俺はずっとナナコの一番近くにいた。

 それなのにナナコは今俺ではない違う奴の元に走って行った。


 ギリッと薫は奥歯を噛み締めた。

 胸にわずかばかりの黒い炎が燃え上がる。

 ゾワッとした感覚が薫を襲う。

 ナナコが駆け寄るキツネの野郎への強い嫉妬のたぐいが襲う時に薫はググッと心がどこかへひっぱられる感触がした。

 理性をなくしていく。

 なのに。

 気持ちが良かった。

 開放されていく気がした。

 本来の姿を取り戻していく。

 薫は誰にも分からないぐらいに嘲笑わらっていた。

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