第27話 昔ものかたり 神楽舞い

 その日おきつね銀翔様は、暗がりの神楽殿に神楽殿のまもびとの先祖代々の家系の松姫様とお越しになっておりました。


 妖艶な雰囲気の中で、銀翔様は一人だけ淡く光っておられます。


 この日今宵は、我が主神狐の銀翔様がまもる風森の村の邪気を祓う神聖な儀式の日なのでございます。


 おきつねの銀翔様が舞いを舞われて不思議な力で風森の加護をもう一度、ほどこしなおすのです。


「松姫。そなたの許嫁いいなづけは元気か?」

「銀翔。私ね、あの人とは別れたんだよ」

「なぜだ? お前たちは仲睦まじくあったのだろう? 神代かみよの世界ではよっぽどのことがなければ別れる夫婦などいないのに」

「銀翔っ……。うん、えっと仲睦まじくって……。あのね、私は始めっからあの人とは……」

「始めから……? どういう意味だ」

「好きになれてもなれなくても、決められて嫁ぐつもりはあったのよ。なんとか仲良くはしたかった。それにね、銀翔。人の心なんて移ろいやすいものよ」

「心変わりをしたのか? あの者は?」


 ふと悲しげな松姫を慰めたくて、思うがままに銀翔さまは抱きしめてしまわれました。


「松姫……、そのような悲しげな顔のそなたは見たくない」

「……銀翔」

「許せぬのう。松姫に憂いを与えるとは」

「良いの。あなたが怒らないで。違うのよ、銀翔……。私、破談になって良かったの」

「では、なぜそのような悲しげに瞳を逸らすのじゃ」


 神楽殿には遠き昔から銀翔さまと守り人のおふたかたしか入れません。


 ――今、この神楽殿にいるのは二人だけです。


 静かな夜、あたりには虫の音だけが響いておりました。

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