第8話 それでもやっぱり女の子

 二葉が折苦中学に転校してから二週間が経った。

ー放課後ー

「あ、体育着忘れた。取りに戻るから先帰ってて。じゃあ、また。」

二葉は下駄箱でそう言って教室へ戻っていった。

風香と翔太は頷いて手を振りつつ校門へ向かった。

「最近の二葉くん、少しだけど笑いかけてくれるようになったね。私たちのこと少しは信用してくれたってことでいいのかな?」

風香が言った。

「まぁそういうことじゃね?でも俺、二葉の超絶の笑顔とか大声とか見てみたい。まだまだだな。」

「確かに!大声聞きたい!」

二人はそんな話をしながら校門から外に出た。

「あのっ!その二葉ってまさか若林二葉のことですか?」

知らない男の子に話しかけられてビックリした翔太は変な声で返事した。

「へっ、へいっ!クラスメイトっす!」

「え、『へい?』」

その男の子が聞き返すとその男の子の後ろにいたもう一人の男の子が言った。

「はーにぃが急に話しかけるからビックリしちゃったんだよ。謝んなよ。」

「あ、そうだよね。ごめんなさい。ただ、若林二葉について知りたくて。クラスメイトなんですよね?今、若林ってどこにいるかわかりますか?」

「さっき体育着忘れたって取りに帰ったからもうすぐ来ると思いますけど……あ、来た!二葉くーん!」

風香が呼んで手を振ると二葉は風香たちといる男の子たちを見て目を丸くした。

「若林!」

一番最初に翔太に話しかけた一番年上らしき男の子が叫んだ。すると二葉は後ろを向いたまま叫んだ。

「来ないで!だれですか?あなたたち。俺はあなた方のことなんて知りません。」

「え?知り合いじゃないの?」

翔太は驚いて二葉たちを交互に見た。

「えっと、その、とりあえず風香と翔太は帰ってもらってもいい?ごめんね。この人たちと話そうと思う。」

二葉は二人にそういうとすぐに後ろを向いて歩き始めた。

そのあとを追いかける葉月、氷河、海河。

「おい、若林!待てって。」

「うるさい。黙ってついて来い。」

二葉はそのままスタスタと一人で歩いて佐藤先生の家まで来た。

「ただいま。」

「お帰りなさーい。あら。そちらは?」

希美子がリビングから顔を出して言った。それに反応してたまたま休みだった佐藤先生も顔をだす。

「あれ?知左富くん?」

「伸一さん、知り合いなんですか?」

希美子が不思議そうに聞く。その間二葉は黙って靴を脱ぎリビングへ向かった。葉月たちはどうすればいいかわからず玄関に立ち尽くしていた。

「えっと。その一番背の高い子が知左富葉月くん。二葉くんの幼なじみだよ。前に一回病院に来たんだ。3人ともとりあえず入りなさい。」

佐藤先生はそういうと3人をリビングのソファーに座らせた。二葉はというと、ダイニングテーブルに座りソファーに背を向け拗ねたような素振りを見せている。

「ほら、二葉くんもこっちへいらっしゃい。」

希美子が声をかけるが二葉はガン無視。

「二葉くん?」

希美子が二葉の顔を覗き混むが二葉は目をそらした。二葉がこの家に来てからはじめて反抗した。希美子はそれが少しだけ嬉しかったがそんなことを表に出さずに二葉の頬を両手で包み自分の方を向かせた。

「せっかくお友達が来てくれたんだから拗ねてないでこちらへいらっしゃい。」

さっきよりも少しだけ強い口調で言ったが二葉は首を縦には振らない。それどころか立ち上がり自分の部屋へと行ってしまった。

「あーあ。無視されちゃった。なのになんでそんなに笑顔なんだい、希美子?」

「だってあの子が私の言ったことに反抗したの初めてなんだもの。少し嬉しいじゃない。」

希美子は満面の笑みで葉月たちの前に座って言った。

「ところで君たちは何をしに来たの?」

「俺はさっき佐藤先生が言った通り若林の幼なじみみたいなものです。で、こいつらは若林の弟です。」

葉月は氷河たちの方を見ながら言った。

「若林氷河です。で、弟の海河です。」

氷河はそう言って頭を下げた。それを見た海河も真似して頭を下げた。

「弟か。そっか。うーん。二葉くんを呼んでくるから少しだけ待っててね。」

佐藤先生はそう言うと2階へ登っていった。

「二葉くん。あの2人弟くんだそうだね。行ってあげなよ。わざわざ来てくれたんだから。」

「やだ。見たくない。見せたくない。あの子たちにとってのお姉ちゃんを汚したくない。」

「そんなことないでしょ。どんな格好しててもあの子たちにとってのお姉ちゃんは君なんだから。」

「やだ、行かない。」

二葉がそう言ったとき部屋の扉が勝手に開き葉月が中に入ってきた。

「あ、ちょっ………んっ…」

葉月は二葉の腕を掴み引き寄せるとキスをした。

佐藤先生は葉月が二葉の部屋の前に来たときすでにリビングへ戻っていた。

「……っ!……ょっと!」

二葉はそう言って葉月の胸板を押し離れた。

「何すんのよ!?」

「何って。キス、かな。」

「『キス、かな。』じゃないでしょ!」

「嫌だった?」

「!?……べっ、別に、嫌とかそういう訳じゃないけど………ってそういう問題じゃない!私、今女の子じゃないんだから…。」

二葉は目線を葉月から床へと向けた。

「それ関係ないよ?男でも女でも関係ない。若林は若林じゃん。俺にとっては変わんない。かわいい俺の彼女じゃんか。」

二葉はかーーっと自分の顔が赤くなるのを感じた。

「うるさいっ!もう女の子扱い禁止!私が…、じゃない。俺が男の姿のときは女の子扱い禁止だから!」

「えぇ。そう言われると余計に甘やかしたくなるんだけど。」

「葉月くんキャラ変わってる!そんなこと言うならもう本当に一生会わないから!」

二葉は怒って葉月に背を向けた。

「え、じゃあ女の子扱いしなければ会ってくれるの?」

二葉は静かに頷いた。

「だって仕方ないじゃん。」

二葉は拗ねた。でも本当は嬉しかったのだ。会いに来てくれて。男の子になった自分を嫌いにならないでくれて。それだけでも少しにやけてくる。そのにやけを隠すためにも葉月に顔を見られる訳にはいかなかった。

「ふふっ。やっぱりかわいいな。ねぇ、今日で最後にするから甘やかしていい?」

「だめ」

二葉はそう言いながらも葉月に抱きついた。

「私が甘えるから。あと2分だけだけど。そしたら下行く。」

ー約2分後ー

「2分経った。」

二葉はそう言って葉月から離れて部屋を出ようとした。

「今の出来事誰にも言うなよ?」

二葉はそう言い残して階段を下りて行った。

葉月は少し笑うと二葉に着いていった。


その頃リビングでは。

「あら、伸一さん。二葉くんは?」

「わかんないけど葉月くんが部屋に入るのは見たから大丈夫だと思うよ?」

佐藤先生はそう言いながら座った。

「あの、なんとなく違和感だったんだけど、葉月くんは本当にただの幼なじみなの?」

希美子が聞いた。

「えっとね。ゆんちゃんが言っちゃだめって言ってたんだけどね、はーにぃはふたねぇの彼氏さんなんだって。」

海河が笑顔で自慢気に言った。

「やっぱり。そうだと思ったのよ。葉月くんの二葉くんを見る目がすごく優しかったからね。葉月くんはいい子だね。伝わってくる。」

希美子は優しく笑った。

「うん!はーにぃはすごく優しいの!」

海河は自慢を始めた。

「実ははーにぃは昔からずっとふたねぇが好きだったんだって。でも言えなくて、いつもゆんちゃんとかに言ってたんだって。そのときね、ふたねぇもはーにぃが好きだってゆんちゃんに言ってたからゆんちゃんは困っちゃったんだって!それでゆんちゃんがはーにぃに好きだって言えって言ったんだって!」

「2人は二葉くんのこと好き?」

「「うん!!!」」

佐藤先生の問いに2人は力強く頷いた。

「海河が年少で、俺が年長のとき、ねぇーちゃんがお弁当作ってくれてたんです。いつもねぇーちゃんは俺たちにすごく優しくて、自分だって学校とかあるのに俺たちの朝の準備手伝ってくれたり、寝癖とか直してくれたりしてて。本当にねぇーちゃんにすごく感謝してるんです。だからもちろん大好きです!」

氷河が笑顔で言うと海河も頷いた。

「お弁当?お母さんじゃないの?」

佐藤先生が聞いた。

「お母さんも料理とか下手じゃないけど、ねぇーちゃんの方が美味しいです。あと、ねぇーちゃんにお弁当作れって言い出してからお母さんは朝起きなくなりました。あの、えっと、お父さんはお母さんのこと苦手みたいで、お母さんが朝起きなくなってから朝ごはんを家で食べるようになりました。だからねぇーちゃん、家族全員分の朝ごはんも作ってました。」

氷河が答えた。

「だからねどんどんふたねぇは料理が上手になったんだよ!金曜日と土曜日と日曜日は自分の夕飯も作ってるの!すごいの!」

海河がそこまで言うと氷河は海河の肩を叩いた。

「おい、それは言うなよ。」

氷河が海河の耳元で呟く。

「なんで言っちゃだめなの?すごいことじゃん。」

「だから、前にも言ったろ?ねぇーちゃんは作ってもらえないから隠れて残り物で作ってるんだよ。だから言っちゃだめなの。」

「ふーん。」

この会話を聞いた希美子が氷河に問いただすように言った。

「作ってもらえないってどういうこと!?」

「あの、えっと、その、、いろいろと事情があって。その。」

氷河が口ごもってたとき、二葉と葉月が戻ってきてしまった。

「ふたねぇー!!」

海河が二葉に抱きついた。

「海河、さっきはごめんね。氷河も。もう冷たくしないから許して?」

氷河と海河は頷いた。氷河も二葉に抱きついた。

二葉はそのまま2人を引きずって氷河をソファーに座らせ、隣に自分が座ると膝に海河を座らせた。

「ご迷惑かけました。すみません。」

二葉は佐藤先生と希美子に謝った。

「いいのよ。ところで、なんで3人はここに?」

希美子が言った。

「ねぇーちゃん、この人たちって水野家のこと知ってるの?」

「なんとなくなら。」

氷河の問いに二葉は答えた。

「あのね。ねぇーちゃんにも言うなって銀河が言ってたから言ってなかったし、まだよくわかんないから詳しくは言えないんだけど、ねぇーちゃんは穢れた血だから俺らのことわかんないでしょ?でも、俺らはねぇーちゃんのことわかるの。」

「え?わかるって何?何が?」

二葉は戸惑った。氷河が何を言ってるのかがわからなかった。

「えっと、説明難しいから今度銀河に聞いてほしいんだけど、水野家には同調っていうのがあって、なんとなくならその人が具合が悪いとか死んだとかわかるの。で、ねぇーちゃんが死んでないことがわかったの。」

二葉、葉月、佐藤先生、希美子は「なるほど」と頷いた。

「で、死んでないってわかったからねぇーちゃんに会いたいって思って調べ始めたの。銀河がね『二葉のことだから誰にも言ってない可能性がある。だけど、一人ぐらいはいるかもしれない。もしいるとしたら優夏か葉月のどっちかだな。』って。それで考えたんだけど、ねぇーちゃんならゆんちゃんには言わないんじゃないかってなったの。」

「なんで?」

葉月が聞いた。

「ゆんちゃんは昔からねぇーちゃんにいなくならないでってずっと言ってて、ねぇーちゃんが転校するって言ったら自分もついて行くって言うだろうって考えると思ったの。でもはーにぃなら優しく見守りそう!って思って。」

「あってるの?」

葉月が二葉の顔を覗きこんで聞いた。

「うん、すごいや。本当にそう思って葉月くんだけに言ったの。」

二葉は驚いてそう答えると膝の上の海河と隣に座る氷河を抱き締めた。

「ありがとうね。ねぇのことよく見ててくれて。理解してくれてありがとう。」

二葉は弟たちの前では一人称が『ねぇ』になる。

その3人の様子を葉月、佐藤先生、希美子は微笑ましく見ていた。

「二葉くん、すごく聞きにくいし、聞いちゃいけないことなのかもしれないけど聞くね。さっき氷河くんがねぇーちゃんはご飯作ってもらえないって言ってたんだけどどういうこと?」

佐藤先生が聞いた。

氷河は言ってはいけないことを言ってしまって二葉に申し訳ないという顔で二葉を見上げている。二葉は氷河の頭を撫でて優しく笑うと口を開いた。

「水野家は全員、毎週金土日は泊まりがけで水野家の本家に行くんです。俺は行ったことないからよくわかんないんですけど、大きい部屋にみんなで集まってご飯とか食べるみたいです。あってる?」

氷河と海河が頷いた。

「一族みんなが集まるからたくさんの料理が用意されるらしいんですけど、余ったりもするみたいで。その残り物とか、冷蔵庫にある残り物で作ったものを食べてました。本当なら冷蔵庫にも残り物がなくなるように買い物をしないといけないらしいんですけど、お手伝いさんたちの気遣いで俺の分として残しておいてくれてるみたいです。」

「え、みんながご飯食べてるとき若林はどにいんの?」

「俺はその時によるけど、軒下に閉じ込められてたり、修行部屋ってとこにいたり、まぁいろいろ。」

「なんか、本当に今まで何も知らなくてごめん。何も助けてあげられなくてごめん。若林が怪我してても転んじゃったって嘘に騙されて心配すらしなくて。いつもどんくさいなって笑って。本当にひどいよな。本当にごめん。」

「え、何言ってんの?葉月くんがそうやって笑ってくれたから、みんなといるときだけはそういう辛いこと忘れて笑っていられたんだよ?むしろ葉月くんのおかげだよ。」

二葉の言葉に葉月は(ほんとに若林は優しくて俺の気持ちを楽にしてくれるな。)と思った。

プルルルルル、プルルルルル、プルルルルル

氷河の携帯がなった。

「もしもしー?あ、銀河!うん、うん、そう!銀河の言った通りだった!さすがだね!あ、うん。わかった!」

氷河はそう言って二葉に携帯を渡した。

「銀河が代わってって。」

「もしもし、銀河?」

『久しぶり二葉。いまどこいんの?』

「えっと、病院の先生が引き取ってくれて、その人の家。」

『普通に暮らせてんの?』

「うん。普通がよくわかんないけど、まぁそれなりには。」

『二葉は幸せ?』

「幸せ?か。うん。そうだね。幸せ。」

『その幸せに俺らは不必要?』

「え、どういうこと?」

『俺らが水野家の監視を振り払って二葉に会いに行くのは迷惑?俺らは二葉にとって迷惑?』

「何言って。迷惑なわけないじゃん。逆にみんながこっちに来るのことの方が迷惑じゃ。」

『じゃあ今から行くわ。大河も二葉に会いたがってるし。家の住所送っといて。じゃ!』

ツーツーツーツー、

二葉は切れた携帯を氷河に返した。

「今から銀河と大河が来るって。すみません、希美子さん。」

「その子達は誰なんだい?」

「いとこです。」

佐藤先生の問いに二葉が答えた。

ー数十分後ー

「二葉おねぇーちゃーーん!!」

リビングに入るなりいきなり二葉に飛び付く大河。

「うわっ!」

バランスを崩し二葉が倒れても気にせず二葉の胸板に顔を擦りよせている。

「おい、そんなにくっついてたらバカが移るぞ。」

銀河はそう言って大河を二葉から引き剥がした。

「ありがと銀河、助かった。」

「ん。」

銀河は短い返事をして二葉から目線を外した。

「銀河、大河、久しぶり。会いに来てくれてありがとね。ねぇ、嬉しいよ。」

「二葉おねぇーちゃん!大河もねおねぇーちゃんに会えて嬉しいんだよ!なんで二葉おねぇーちゃんに会いに来るのをお母さんに言っちゃいけないの?」

大河の無邪気な問いに二葉は力なく笑って俯くことしかできなかった。

「言ったろ、大河。母さんとかばぁちゃんに二葉のこと言ったらまた二葉が殴られたりすんだよ。嫌だろ?二葉が怪我するの。」

「うん。」

「じゃあ母さんたちには言うなよ。」

「うん!」

しばらく他愛もない話をして葉月たち5人は帰っていった。

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