第5話 水野家
五月九日土曜日。優夏は葉月と樟葉と心也を連れて水野家の山に来ていた。
「ここ?」
「多分。」
優夏たちは山の前に呆然と立ち尽くしていた。
「君たち!何してるんだ!そこは水野家の敷地だよ!遊び場じゃない。すぐに帰るんだ!」
後ろから声が聞こえて振り替えるとすぐ近くの商店街のような城下町のようなとこのお店のおじさんやおばさんが数人、心配そうな顔をして立っていた。
「えっと、僕たち、その水野家の当主に話があって来たんですけど。」
葉月が答えると八百屋のおじさんが、
「雅代様かい?雅代様には連絡したのかい?してないならひとまずうちに来なさい。」
と言った。優夏たちはそのおじさんにしたがって、家にお邪魔させてもらうことにした。
「君たちみたいな子どもが雅代様に何の用事があるんだい?」
「私達の友達がその雅代様?の孫なんです。だからその子のことについて聞きに来たんです。」
樟葉が答えた。
「あなたたちの年だと二葉お嬢様かな?」
今度はおばさんが聞いてきた。
「ふぅってお嬢様なの!?」
心也が驚いて聞くとおばさんが
「そんなことも知らなかったのかい?まぁ無理もない。二葉お嬢様たちはあまり偉そうにしないし、私たちにも優しいもんなぁ。雅代様や千和様たちとは大違いだ。」
と言った。するとおじさんが身を乗り出してこう言った。
「お前!そんなこと言うもんじゃないよ!確かに雅代様たちより二葉お嬢様たちの方が優しいが、雅代様だって昔は……あ、すまんね。ところでお嬢様がどうかしたのかい?」
「えっと、詳しくはあまり話せないんですけど、僕たち、もう若林に会うなって言われてしまって、なぜかを聞こうと思いまして。」
葉月が答えた。
「それなら、雅代様より
「須川さん?」
心也が聞き返す。
「雅代様の秘書兼運転手兼水野家執事だよ。本当に水野家のことを知らないんだね。ところで須川さんに連絡はするのかい?」
「あ、お願いします。」
数分後。
「失礼いたします。」
須川が八百屋にやって来た。
「事情は聞いております。皆様、こちらへどうぞ。それでは失礼します。」
須川は八百屋のおじさんたちに頭を下げ、優夏たちを連れて水野家の山のとなりの小屋に入った。
「ここ、なんですか?」
「ここはお嬢様が上の本家に行けない日などに泊まる宿みたいなものです。ここに入れるのはお嬢様と奥様(雅代)と
「あの、ふぅがどこにいるのかわからないんですか?」
心也に聞かれて須川は首をふって言った。
「ところで今村さん。どうかしましたか?一言もお話ししておられないようですが。」
「あの。私、ここに来たことありますか?」
優夏が恐る恐る聞いた。
「もしかして覚えていらっしゃらないのですか?覚えてないのならば思い出す必要はないでしょう。そのまま忘れたままの方がよろしいかと思います。」
ドンドン
「須川!あんたここにいるんだろ!?なにしてんだい!はやく出といで!」
雅代が帰りが遅い須川のことを怪しんで来たのだ。
「申し訳ありません、奥様。」
須川は自分の携帯の番号とメールアドレスを書いた紙を一番近くにいた葉月に渡した。
「なにしてんだい?」
「皆様がお嬢様について聞きに来たので正直になにも知らないとお答えしました。それでも帰っていただけなかったので昔話をしておりました。皆様を駅まで送ってまいります、奥様。」
須川はそう言って優夏たちを連れて駅に向かった。
「口裏を合わせていただけるとありがたいのですが、よろしいでしょうか?」
と須川が言ったので全員頷いた。その後会話はなかった。
その日葉月が家に帰ると二葉からメールが来ていた。
『大事な話がある。優夏たちにも誰にも言わずに明日、一人で東京総合病院に来てほしい。』
という内容だった。
東京総合病院は二葉たちの家がある駅から三駅隣の大きい病院。佐藤先生はこの病院の副院長である。
次の日 ー五月十日ー
(若林、本当にこんなに大きい病院にいるのかな?)
葉月はそう思いながらもフロントに行った。
「どうなされましたか?」
フロントの中にいた看護師の一人が話しかけてきた。葉月は少し戸惑いながら答えた。
「あの、若林二葉って子と面会したいんですけど。」
「担当の看護師を呼んでくるので少々お待ちください。」
約一分後、中から梓が出てきた。
「知左富葉月くんね?」
「はい。」
「こちらへどうぞ。私は二葉ちゃん付きの看護師で、鈴木梓といいます。よろしくね。」
葉月は歩きながらペコリと頭を下げた。
「ここです。」
梓が立ち止まった扉の横には若林二葉と書かれたネームプレートがあった。葉月は二葉が入院していることを理解しているつもりだったが、改めてそのネームプレートを見るとさらに実感がわいてくる。
コンコン
葉月はノックをして病室に入った。
「若林?」
葉月は二葉を見つけるのに少し時間がかかった。なぜなら、その部屋は六人部屋でベッドが六床ある。そのため誰もいないすべてのベッドが布団で白い。そして二葉も肩まで布団を被っているし、包帯でぐるぐる巻きにされた頭や顔もほとんどが白かったからだ。
「若林、大丈夫?」
葉月は二葉のベッドのすぐ隣に椅子を置きそこに座って話しかけた。
「うん。大丈夫だよ。ごめんね、こんなとこに呼び出して。葉月くんには伝えておこうと思って。衝撃の事実と悲しいお知らせどっちから聞きたい?」
二葉は笑って言った。
「えっと、じゃあ衝撃の事実から。」
葉月が答えると二葉は梓に佐藤先生を呼んでくるように頼んだ。
「今から先生が資料とか持ってきてくれると思うから詳しくはその資料とかを見ながらね。でも、最初に少し話しちゃおうか。私ね、男の子になっちゃった。嘘って思うかも知れないけど本当のことなんだ。」
「は?もう一回言ってもらえるとありがたい。」
「私ね、男の子になっちゃった。」
「ごめん、もう一回」
「私ね、男の子になっちゃった。」
「私ね、男の子になっちゃった。って言った?」
「うん。」
葉月は自分の耳がどうかしてしまったのかと思っていた。しかし、聞き返すと二葉は『うん。』と答えた。そこで葉月はこう思った。
(どうやらおかしいのは俺の耳じゃなくて若林の頭らしい。)
と。
「若林、事故で頭打っておかしくなったんじゃないか?」
葉月のその言葉をドアを開けた瞬間に聞いた佐藤先生が吹き出して笑った。
「どういう展開で二葉ちゃんの頭がおかしくなったって話になったの?」
佐藤先生は笑いが止まらない。どうやらツボにはまったらしい。
「私が男の子になっちゃった。って言ったらこうなりました。」
二葉がそう答えると佐藤先生はさらに笑って資料を葉月に渡して読むように促した。そこには二葉の怪我の具合と男女病についての説明が書いてあった。
「え、じゃあ本当に若林は男になっちゃったんですか?」
「だからそうだって言ったじゃん!」
二葉は少し拗ねて言った。葉月はしばらくの間信じることができず…いや、信じたくなくて思考が停止していた。
「葉月くん?」
「少し考える時間をください。」
葉月はそう言うと廊下に出た。
「そうだよね。普通の反応はあれだよね。」
佐藤先生はそう言って二葉を見ると笑った。
「二葉ちゃんも二葉ちゃんのお母さんもそんなに驚かなかったじゃん。だから忘れてたけど普通は女の子が男の子になったって聞いたら驚いてパニックになってもおかしくないくらいなんだよね。」
「確かにそうですね」
佐藤先生と梓は笑っていた。
「すみません。」
葉月はそう言って戻ってきた。
「えっと、なんだっけ。悲しいお知らせだっけ、教えてもらってもいい?」
葉月は二葉に聞いた。
「私、転校することになりました。」
「なんで!?」
「だって、男の体で女として生活するの難しいでしょ?だから男として
「そう。もう会えないのか。そっか。これから若林は男の子なのか。」
葉月はうつむきながら言った。そして、こう続けた。
「俺、若林の家のこと今村に聞いた。水野家の山に行って、須川さんと話した。お嬢様を一人にしないでくれって言われた。言われたからってわけじゃないけど、俺は、若林を一人にしない!俺は、若林がどんなに嫌がろうと会いに来る!だから、もう会えないとか言うなよ。俺、会いに来るから。」
「え!?おばあちゃんのとこに行ったの!?優夏か、まぁいいけど。それに、葉月くんの気持ちは嬉しいけど、もうダメなの。おばあちゃんがねもうみんなと会うなって。」
「そんなにおばあちゃんは偉いの?おばあちゃんに言われたことは全部逆らわずに従うの?そんなの間違ってる!」
「葉月くんは知らないからそんなこと言えるんだよ。おばあちゃんを怒らせたらダメなんだよ。私にだけじゃなくて氷河たちにも、葉月くんたちにも迷惑になっちゃうんだよ。だから私が我慢するの。私が我慢するばみんなが幸せ。でも、私がわがままを通したら私以外のみんなの迷惑になっちゃう。だったら私が我慢する方がいいんじゃない?」
葉月はムカついた。こんなことを二葉に言わせる雅代に。そして、自分に。
「俺は迷惑になってもいい!若林が我慢するよりも迷惑かけてくれた方がいい!若林は全然わかってない。俺や今村たちには、若林の友達には迷惑かけてもいいんだよ。だって友達ってそういうもんだろ?逆に迷惑に思うならそれは友達じゃないと思う!」
「そんなこと……。」
二葉はもうどうすればいいかわからなかった。
「ごめん。ちょっと今日は冷静に話せそうにないから帰る。いろいろ話してくれてありがとう。」
葉月はそう言って帰って行った。
ー五月二十三日``第三中学一年2組``ー
「えっと皆さんに残念なお知らせです。ずっと休んでた若林さん、実はゴールデンウィークに駅前の交差点であった事故に巻き込まれて入院していました。事故の直後は一命をとりとめたそうですが、昨日の夜に亡くなられたそうです。お通夜や、お葬式については家族のみで行うそうです。」
朝の会で担任はそう伝えた。でも、優夏たちは信じていなかった。だから、放課後に二葉の家に行った。優夏たちが家の前に着くと、
「ゆんちゃーん!」
海河がそう叫んで優夏に飛びついた。
「どうしたの海河?」
優夏が聞くと海河は泣きながら何か言おうとしているが聞き取れなかった。そこに氷河が来た。
「ゆんちゃん。ねぇーちゃんが死んじゃったの。」
氷河もそう言うと泣き出してしまった。無理もない。氷河も海河も二葉が大好きだった。しっかりしてる二葉にとても甘える弟二人。しかも氷河は小学四年で、海河は小学二年。まだまだ甘えたい時期なのだ。
「とにかくここじゃ迷惑だから家入いろ。」
優夏がそう言って若林宅を指差すと氷河が首をふって言った。
「今から銀河たちが来るからお母さんが迎えに行ってるからいないの。だからゆんちゃんの家に行ってろって言われた。ゆんちゃんのお母さんが勝手に家に入ってきて良いよって言ってくれた。」
優夏はそんなこと聞いてないと思いながら泣きじゃくる氷河と海河、葉月と樟葉と心也を家に招き入れた。
「優夏、お帰りなさい。あら、みんないらっしゃい。」
優夏の母がそう言ってみんなをリビングに招き、お菓子を出した。
「直球でごめんなさい。氷河くん、海河くん、二葉ちゃんが亡くなったって本当?」
「わかんないわかんない。でも、お母さんがそう言ってた。」
氷河は泣きながら言った。
「朝、学校でも二葉が死んだって先生が言ってた。」
優夏はそう言ってうつむいた。
(若林は多分死んでない。この前も元気そうだったし。転校するのに死んだって言った方がよかっただけだ。でも、もし本当なら…)
葉月はそう思った。
その時、インターホンがなった。来たのは千和、銀河、大河の三人。
「氷河お兄ちゃん、海河お兄ちゃん来たよー!」
そう言ったのは大河。大河は小学一年。二葉の死についてよく理解していない。
「氷河、お前なに泣いてんの?俺らは二葉が死んだことを悲しむより二葉が俺らに教えてくれた俺たちのするべきことをするべきだろ。」
銀河は少しキレぎみに言った。でも、氷河はわかった。銀河は二葉が死んでしまったことをすごく悲しんでいることを。
「ふたねぇに教えてもらったことって?」
海河が聞いた。
「ごめんなさい。私、優夏ちゃんのお母さんと話があるの。だからみんなはどこか別のところに言ってもらってもいい?」
千和がそう遮った。優夏はみんなを連れて居間にいった。
「さっき海河が言ってたことに答えるけど、これは跡取りが教えるべきと考えた人にのみ教えるんだ。二葉は念のためって俺らに教えてくれた。でも海河と大河には教えなくていいって言ってた。多分二人を巻き込まないため。今は俺が跡取りだから教えてやる。ところで、優夏たちは知ってるのか、俺らの家のこと。」
銀河は優夏、葉月、樟葉、心也と順に目を合わせながら聞いた。
「私が知ってることはこの前教えたの。で、水野家に行ったよ、そこで須川さんに少しだけ聞いた。」
優夏がそう答えると他の三人も頷いた。
「そっか。なら話す。まず、水野家には水野家が運営する会社がいくつかある。その会社の社長は全部ばーちゃんなんだ。仕事内容は様々なんだ。学校経営が主だけど。その仕事内容を教えてもらった。この会社は代々当主が社長をやるっていう伝統みたいな感じ。で、あとは、ばーちゃんの秘密と二葉の野望的な。」
銀河はそう言うと笑って続けた。
「二葉のさその野望ってやつが……ははっ、ダメだ。氷河言って。」
銀河はツボに入ったらしく、笑いが止まらない。そして、氷河な振った。
「ねぇーちゃんはね、水野家の掟を変えようとしてたんだ。別に笑えるとこなんてないよ、銀河。なんで笑ってんの?」
やっと笑いがおさまった銀河は
「だって馬鹿馬鹿し過ぎるだろ。何百年も変わらなかったものを変えられるわけねぇだろ。まぁ、二葉のやりたかったことは俺がやるからいいんだけどな。」
と言った。
この日はこれ以上の話はせずに全員帰っていった。が、その頃リビングでは。
「千和ちゃん、二葉ちゃんのお葬式とかはいつやるの?」
優夏の母が聞くと千和はこう答えた。
「二葉は死んでないの。ただ、私の知ってる二葉は死んだの。」
「どういうこと?」
「事故に巻き込まれたっていうのは本当。事故の後遺症でね、男の子になったらしい。私の母親、二葉の祖母は男の子になった二葉はいらないから捨てるって。私も二葉のことを捨てないと。だから私にとって、女の子としての若林二葉はもういないから死んだのと同じ。それに、もう二度と会うことはないから。この事は絶対に誰にも言わないで。もちろん優夏ちゃんにも。」
「よくわからないけど、また水野家関係なんでしょ?なら、私はもうなにも言えないわ。ただ、二葉ちゃんのこともいろいろ考えてあげないといけないんじゃない?あなたは昔からそういうのが足りない気がするの。」
優夏の母は少し遠くを見つめながら言った。千和は頷くとひとりで家に帰っていった。
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