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 突然の告白にいの一番に色めきたったのはフェルミである。

「え、それはいつから? いつぐらいからなんです? ええ? 彼のどこが具体的に好き? 顔? 筋肉? 人柄?」

「実はその、振り返ってみると、一目惚れで」

「きゃあ~~~~~~~~~~!」

 息の長い黄色い悲鳴。

「聞きました? ねえ聞きました聞きました武藤さん? ええ? 一目惚れですってねえ!」

 武藤は目を伏せてわずかにあらぬ方を向いて閉口している。いちばん上背も厚みもあるフェルミの身体が左右に振れる。武藤に迫って反応がないのをみるとまた華のほうに戻る。

「それで具体的にはどんなところが?」

「五月に入って部活動が本格的に始まってからちゃんと顔を合わせて、その時、なんだか他の人とは全然違う感じがして。大人っぽいっていうんでもないけど、なんだろう、精神的に一本ちゃんとした芯があるっていうのかな、すごくしゃんとして見えて、そういうの、立ち居振る舞いに出るでしょ? それが、そういうのが、すごく素敵だなって。四月に一回説明会で見たことはあるし、和久田君もそれは覚えてて、だから厳密にいうと二目惚れなのかもしれないけど、でもその時の、五月に会ったときの印象がすごく強くて……」

 色恋の経験などない。しかし武藤としてはただの惚気話として聞き流すわけにもいかなかった。そう考えたフェルミは華の話にうんうん、と大仰に頷いてから一度話が途切れたところでぐるりとまた武藤を向く。

「ですってよ、ねえ」

 ですってよ、といわれたところで、武藤には何か言えそうなところもない。だいいち武藤はいきなり華に誘われてついてきた形で、それというのもフェルミと和久田が一緒に来るというからであって、その片方の和久田はパルタイに呼ばれるかたちでどこかへ行ってしまった。

 武藤と和久田の間に結ばれた協定にしたがって、彼は昨日の段階で身に起こった出来事を文面で送り付けていたから……パルタイら《超常》にかかわる事柄について、和久田は武藤と必ず迅速に共有する旨を義務付けられていた。和久田はパルタイ・ガドリンが昏睡状態にあるジーボーグを匿うため協力を求めてきたこと、ニコラウスの攻撃が迫っていることを伝えた。……二人が何をしようとしていたのかは察しがついていたが、しかし武藤はニコラウスが雇った人間がパルタイを殺そうとしていることを知らない。ともかく武藤にはわざわざカラオケまで来る積極的な動機がない。

「フェルミちゃんはどうなの?」

「ああそうでした、すっかり忘れてた。えー、ただお隣さんってだけですよ? ごみの日取りとか分別の細々したこととか和久田さんちには結構お世話になってますけど、あと家が隣だからってんで登校もしてますけど、やっぱり自分より背が高い人がいいから」和久田の背は武藤とそう変わらなかった。

「ハイスクールもののドラマとか見てもらうとわかりますけど、アメリカだとイケてるメンズってイコールアメフトやってるような超ガタイのいい人間になるんですよね。松潤より松岡修造みたいな」

「へえ」

「で、そうなると、自分より背が低い人っていうのは、やっぱりちょっと範囲外かなあって、はい」

「フェルミちゃん大きいもんね」

「じゃあ結構硬派な感じの人が好きなんです?」

「他の人と違うっていうのは、そこもかも」

「応援してますよ?」

「ありがと」

 フェルミが親指を立てる。武藤は低い卓に載ったコップを見つめたまま動かない。それをみて華は聞こうか聞くまいか若干迷ったが、意を決して顔を覗きこむように体を乗り出す。

「武藤ちゃんは和久田君のこと、どう思ってるの?」

 ぱっと武藤が顔を上げた。すだれになっていた髪が持ち上がって狭くひらく。丸い瞳がはじめてまっすぐ自分を見た気がした。それでも目はすぐにあらぬところをとらえて、彼女は結ぼれた唇をほどいて言う。

「どう」

「肝胆相照らすってやつですよ。彼女は己が胸の裡を詳らかに語り明るみに出した! 私も彼を異性としてどう想っているか、いや全然異性として意識なんて思っちゃないんですが、とにかくひととおり話してみせた! さあ次はあなたの番じゃありませんか!」

 武藤はフェルミの声を聴きながら、いや聴いているのだろうか? ぎゅっと眉根を寄せては顔をしかめし、唇を開いて息を吸い、口で吐かずに、それからは口を閉じっぱなしで、やがて深い皺もぬけていくと両脇の細い眉は元のかたちに戻り、そのかたちは眼窩のくぼまりの縁にそって少しだけ湾曲していて、じっと動かないで、あらぬところをみつめている。

「好き、…………」

 一言そう呟いた。けれど言い切った形ではない。まだだ、小さく小さく「ィ、……」と間延びした調子が続いている。片や固唾を飲み、片や驚くと同時に苦りきった感じの曖昧にいりまじった顔で、華もフェルミも前のめりになる。武藤はたった一言言った後もそのまま、目だけが下を見て、脇を見て、動かずに、

「ではないですね」

 言葉はおどろくほど軽くぽろりと出た。フェルミが逆えびぞりにひっくりかえって、ああ、と安堵の溜息を吐く。華が見る視線に続きを要求していることを察して、また黙り込む。

「恋愛なんて小説の中でしか見たことありませんし、自分が好きだとか惚れた腫れただとか、なんて、さっぱりで。もっと単純な人付き合いだって……ほとんどなかったくらいなんですから」

「じゃあやっぱり、四月に三角関係でひと悶着あったっていうのは、誤解なんだね」

「はい」

 彼女はそこだけはっきりと、にこやかに笑って言った。

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