神様のオルゴール。その3

「僕は、鹿島真墨が好きだ」


耳を塞ぐ手が緩まる。彼女が、茫然と僕の顔を見上げている。


「好きだ、誰よりも。キミが好きだ、真墨・・




「大仰なことは言えないよ。幸せにしてやる、なんてさ」


泣かないと決めていたのに、視界が滲んでいく。


「だから、一緒に幸せになろうって決めたんだよ」


少しずつ、呂律が回らなくなってきた。


それでも、必死に伝えた。力なんかに頼らせない。


僕のありのままの本心を伝える。


「だから、友達の関係も終わらせたよ。恋人同士、新しく向き合うために」




これが僕の出した答えだった。




「……真墨、読み取って欲しいものがあるんだ」


そう言って、僕が取り出したのは、彼女のオルゴール。


「色、が……」


その色は、彼女も知らない、黄金だった。


***


『今日から、一週間。さぁ、頑張ろう!』


触れてまず流れたのは、彼の声。


やや空元気の、自信なさげな声だった。


一緒に歩んで行くと、一緒に幸せになってやると覚悟してくれた、彼の最初の声だった。


『しかし、どうするんだ、コレ?』


『うーん、ビクともしないな…』


『音が鳴らない…がデフォルトなのか?』


最初のうちは、このオルゴールに対する戸惑いの声ばかりだった。



「コレは鳴らないのがデフォルト。言ってなかったね…」


「あー、全くだよ…。おかげでずっと鳴るかもと勘違いしてたんだから」






そこからの彼の生活は、このオルゴールと共にあった。


私の大切な宝物。それが大好きな彼と共にあった。


それだけでなんだか、心がふわふわと浮いて、暖かくなる。


『なぁ、彼女を幸せにしてやりたいんだ。でもさ、僕には、力不足で。何か、良い方法無いかなぁ』





「この台詞が、好き。一緒懸命、頑張ってるの、分かる……」


ありがとう。と彼が恥ずかしそうに笑って返す。






『神様にお祈りしても無理、みたいな? じゃあ、僕が彼女を幸せに出来たら、神様よりもスゴイってことじゃないかっ…?

……アホらしい、やめよ』




思わず笑ってしまった。







『残り二日。進展はなし。初日から何も変わらず。どうすればいい?』



そして。



彼の心が大きく動いたのは、最終日前日の午後十一時、二十七分。



『……僕は、ああ、そうか。やっと、分かった。……ハハッ、答えってこんなに近くにあるのに、難しいんだな。いや、答えっていうよりも、自分がどうしたいか、だっけ?』





悩みは尽きないままなのに、彼の言葉は、それを吹き飛ばし、わたしに勇気を与えてくれる。










『……僕は、アイツが、鹿島真墨が、好きだ』


***


そう。好きだ。


「っ……」


涙が溢れていると気づいたのは、再生が終わった後だった。




「……っく、あ、ぅ……」


見っともないところは見せられないと顔を覆う。


前髪と両手の二重の防御を、彼は突破して、


左手を握られて、こめかみに当てられる。


「んっ……ぁ……」


声が出るのを止められない。情けないのに、彼の『好き』っていう気持ちがダイレクトに伝わって、死ぬほど嬉しかった。


「……好きだ、真墨」


彼が私の名前を呼ぶ。それだけで、嬉しかった。


「はるき、くんっ……!」



勇気を出し、声を上げた。しわがれて、スカスカの声だったけど、彼は、うん、と頷いて私を優しく抱きしめてくれた。



私は、最高のラブレターを貰った。


世界で一番、不幸だと思っていた私の人生は、この瞬間から、世界で一番幸せな人生になった。


彼のおかげで。

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