読み取る。私の宝物。

「今日は夏祭りか……」


自宅で横になる。課題もある程度は片付けてしまったので、基本的にやることがない。


八月二十二日。


こんなギリギリにやる意味が分からない。





遊園地の一件が脳裏をチラつく。


だから、鹿島を誘おうか不安だった。


それなりに経験がおありであろう二人に意見を乞うてみる。


『お前がハッキリしろよ』


『そうね。荷が重いけど、それは誰よりも一番近くにいるアンタにしか出来ないでしょ?』


友人二人から帰ってきた答えは、至極真っ当なものだった。真っ当な答え過ぎて泣けてくる。


「くそっ!」


ガバッと布団から跳ね起きる。


そして、ボタンを押して、鹿島に掛けた。


『もしもし……』


「鹿島か?」


『ふわぁっ!? お、尾上くん……』


驚いたような声を上げている。


なんか声が枯れてるというか……


『ごめん、風邪、ひいちゃって…』


「家、一人暮らしなんだろ? 大丈夫なのか?」


『うん。でも、大丈夫だよ。自分で出来るよ……』


平気だと言ってくれているが、あの一件の後だ。


今更過ぎるが、一人にする訳にはいかない。


「待ってな。すぐに行くから」


『えっ、ちょっと…!?』


僕は電話を切り、急いで家を出た。


***


前に家の住所は聞いていたので十分程度で来ることが出来た。


「ホ、ホントに来ちゃった…」


「こんにちは、鹿島」


手を振る。鹿島も笑って返してくれる。


頭には冷却シート。体の具合は動けるようなるまでには回復しているので、僕が何かをするようなことはなかった。


お粥を作ろう頑張ってみたけど、鹿島が思わず苦笑してしまうようなものが出来上がって、


「尾上くん、台所禁止」


台所を出禁になった。


「うむ。我ながら上手くできた」


シートを額に貼った鹿島が、満足気に頷く。


「鹿島、料理上手いよなやっぱ」


風邪ひいてるのによく味が落ちないもんだ、と感心した。


「一人暮らししてれば必然と迫られる。尾上くんもそのうち慣れる」


「だといいけどなぁ…」




昼食を終えて、後片付けをした後、鹿島の熱を測る。


「三十六度、六分。ちょい微熱だ。大人しく寝ろ、鹿島」


「うん、そうする。尾上くんに移したらいけないし」


その気遣いが嬉しくもあり、辛かった。


きっと、そういう風に捉えてしまうのは、僕の心に余裕がないからだ。


どうにかしなければ。その焦りが気持ちを急かしてくる。


このままでいいわけない。でも、間違った道を選ぶのも恐ろしい。


「尾上くん、手、握って」


「え?」


彼女の声に、意識が引き戻される。


ベッドで横になる彼女の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。


「わたし、病人だから、甘えたって文句言われないよね?」


「ああ、そうだな…」


彼女の手が膝に当たる。僕はその手を両手で優しく握りしめた。


「えへへ、おやすみなさい…」


柔らかく微笑んで、目を閉じる。


「ああ、おやすみ」


彼女は瞬く間に、眠りに落ちていった。


***


「すぅ……すぅ……」


柔らかな寝息を立てる彼女を見て、自分がどうしたいか考える。


彼女には幸せになって欲しい。


それは大前提だ。


けれど、何か見落としている気がする。


「な、んだ…?」


声が掠れた。


必死に考えて、そして、僕は、原点に立ち返る。


彼女と交流を持った最初の日。


六月二十四日に立ち返る。



***



彼女を見た時、おかしな奴だと思った。


髪はボサボサで、前髪は目元を覆い隠し、腰まである墨色の髪。


人と話すのが苦手だって分かったのはその後だったけど、あの時は素直に嬉しかった。


ちょっとしたことで動揺して、慌てふためいた顔が面白くて、可愛げがあって、心が自然と落ち着く。そんな女の子。


彼女には感謝しても、しきれない。


彼女に勇気を貰って、立ち直る強さを、彼女がたとえ意識せずとも、貰っていた気がする。


そしてわざとシャーペンを仕組んで、彼女と話す口実を作り、お昼休みに偶然遭遇しては、何でもない話をした。


心地よい日々だった。忘れられない日々だ。



でも、僕には彼女を幸せに出来ない。それは神様の仕事だ。




だから、この日々が美しいままの状態でいられるために。









この関係に、終止符を打ってやろうと思ったんだ。



***


「ん、うぁ…」


彼女が目を覚ます。


最初に僕の顔を捉えて、そして、その手に握られているオルゴールを捉えた。


「お、尾上くん? それ、どうするの?」


「あ、うん…。ちょっと、試したいことがあってさ……」


「試したい、こと?」


彼女の目が不安に曇る。


「一週間、貸してくれないか? この、オルゴール」


「あ、うん。良いよ」


よし、了承は取り付けた。














だから、この関係を、この日々を、これから一週間かけて、徐々に終わらせていこう。


そう、心に誓った。

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