読み取る。遊びに、行く。

勉強会から一週間が経った。流石に一月近く休みがあるんだから何もしないのは勿体無いと、勉強会メンバーで遊園地に行くことになった。


そこで、僕は知る。


鹿島真墨の、過去。


彼女の性格が如何にして作られ、力を得るに至ったのか。


***


「遊園地! 遊園地だぞっ!」


初っ端から坂元がうるさかった。


「亜希子、落ち着いてよ、もう……」


雨宮がすっかり保護者になってる。しかも、板についているというか、中々似合っていた。


「さあ、さあ、皆の衆! こっちを向け。近くに寄れ!」


玉木も玉木でテンションがおかしい。


「遊園地、ジェットコースター……!」


鹿島もメガネを押し上げ、やる気満々。



でも、僕は、乗り気ではなかった。


なぜなら、ジェットコースターが嫌いだからだ。



まずあの速度が耐えられない。恐ろしい。自然の法則に思い切り逆らっているような気がするのだが、気のせいだろうか?


さらに、あの浮遊感。下半身あたりがフワッとするあの感覚が気持ち悪い。思い出しただけで寒気がする。


と、まあそんな反論を並べたところで、


「よし、乗れ」


「……」


「行け」


「……う、うわあああーーーーーー!」


大魔王・玉木と女帝・坂元には逆らえないのだった。


***


「尾上くん、大丈夫……?」


「ううっ、鹿島ぁ。心配してくれるのはキミだけなんだね……って、他の奴らはどこ行ったぁ!」


グロッキー状態から覚めたかと思いきや、鹿島と共に放置を食らっていた。


「あ、うん。みんな飲み物買いに行ったよ。ここは暑いからね……」


確かに暑い。パーク内の所々にある温度計はどれも三十度を超えていて、時々、熱中症の注意喚起を促す放送が流れている。


汗も流れて、中々止まってくれない。


「ねぇ、鹿島。楽しいかい?」


「……うん。楽しい。でも、これで良いのかなって、思うんだ」


「鹿島?」


「あ、ごめんね。……この楽しい時間に、水を差しちゃうようだけど、言うね?」


そう言って、前髪をヘアピンで留める。墨色の瞳が今はハッキリと見える。


「分かった」


彼女の真剣な眼差しを見て、姿勢を正す。


鹿島が、頷く。


そして、ゆっくりと口を開いた。


「わたしの家、シングルマザーだったの」


鹿島は淡々と告げる。息を呑むが、口挟むことはしなかった。失礼だと思ったからだ。


「小さい頃に、お父さんが亡くなってさ。ずっと一人で育ててくれた。感謝してた。……たとえ、それが、」


鹿島が胸を抑える。そして、絞り出すように、呻くように、言った。


「その、愛情が、嘘だって分かっててもっ……!」


彼女の瞳から、涙が溢れる。思えば、この子が泣くのを見るのは、初めてだった。


「ずっと、期待されてた。名門の私立の中学校に行くことを強制されて、親の敷いたレールの上を頑張って歩こうとしたよっ……! でも、無理…」


無理だよ、と。それはまるで自分に言い聞かせる暗示のようで。


「わたしには、そんなの釣り合わないよっ! わたしは、だって、わたしはぁっ…」


───普通の、地味で、暗い、女の子だから。


彼女の、言葉の先が読めた自分に、無性に腹が立った。


「感謝してるよっ、今の一人暮らしが出来るのも、全部、お母さんのおかげっ! でもっ、見捨てられたくなんて無かったよぉっ! 一緒に笑いたかった……。だから、例え辛くても、頑張って行こうって思ったのに……!」


そこから、さらに落ちる。


暗い闇に、落ちて行く。ドロドロ、どす黒い、真っ暗な底なし沼に。


「ごめんなさい、ごめんなさいっ! わたしの、わたしのせいだっ……!」



その先に待っていたのは、親友の自殺だった。


原因は、痴話喧嘩の類だったらしい。


親友のA子さんは、A子さんの部活の先輩、Bさんが好きで、いじめっ子のCがそれを狙っていただけの話。


鹿島はサイコメトリーでそれを知り、必死にイジメに対し予防策を貼って阻止していたが、


「ああっ! どうして、あんなことに……っ!」


二年の時に、彼女の目の前でA子さんは自殺した。


「ごめんなさいっ、ごめん、なさいっ……」


悲痛な叫びを上げながら顔を覆い隠す彼女は、辛くて見ていられなかった。


でも、必死に直視する。


辛いけれど、悲しいけれど、きっと、僕には想像なんて出来ないし、耐えられない。けれど……


僕は、信じていたい。


彼女の幸せを。


だから、その為に、僕に出来ることは、


「ねぇ、鹿島」


彼女は答えない。彼女の気持ちが読み取れないことがこんなにも恨めしい。


「ありがとうな。話してくれて」


そこから、彼女が泣き止むまで、玉木達が戻るまで、僕は彼女の隣で静かに待ち続けた。

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