読み取る。彼女の日課。その3
「ねぇ、一つお願いがあるんだけど」
「何?」
鹿島から頼みごとなんて初めてだな。
そう思いながら、パンを膝の上に置く。
「尾上くんって、読んでもいい?」
あまりの頼みに、思わず口が半開きになった。
「……いやいや、良いも何も、それが普通だろ?」
「ごめんなさい。でも、ちゃんと断っておきたくて」
彼女のあまりの不器用さには閉口するしかない。もっと気楽で良いと思うんだけど。
「人の名前呼ぶのに、他人に断る必要なんてないだろう?」
「そうだけど、今までは『あなた』としか呼んでなかったから。急に変えたら驚くと思って…」
「考え過ぎだよ。もっと気楽に接していこうよ 」
ありがとう、と微笑んでくれた。前髪を掻き上げて話すその姿に、彼女の誠意を感じた。
「……」
食事を再開する。カスタードクリームの甘さが口の中に広がって、幸せな気分に……。
「あ、そうだ。リンゴジュースの変わりって言っちゃなんだけど、僕の質問に答えてくれないかい?」
どんな発想の仕方だよ、と自分で突っ込む。
そして、鹿島の方はというと…
「分かった。答えられる範囲で」
あっさり了承してくれた。
***
「じゃあ、趣味は?」
「落し物探し」
「なんで?」
「内緒」
次に移る。
「他に趣味はある?」
「うん。まだ、誰にも話してないけど」
そう言って彼女が取り出したのは、色の剥げたオルゴールだった。
「ただのオルゴールに見えるでしょ?」
「まぁ、うん。見える」
ふふふ、と彼女が微笑む。墨色の瞳が、見え隠れしていた。
「このオルゴールは、わたしが読み取った心を、記録する。嬉しいことを全部…」
愛おしそうな目をオルゴールに向ける。
「そっか。宝物、なんだな」
「うん。大事な宝物」
そして、始業のチャイムが鳴った。
「あっ…」
つい話し込んでしまったみたいだ。我ながら今日は抜けてる。まるで自分じゃないみたいだ。
「……尾上くん。授業、サボっちゃおうよ」
彼女が囁く。僕は、黙って頷くしかなかった。
「それで、その能力が使えるようになったのはいつから?」
「中学一年の夏から。理由は、家族絡みで色々あったからだけどね」
「ふぅん。ま、深くは聞かないよ。……それで、さ。キミが良ければ、なんだけど」
「なに?」
「あ、その…」
くそ、恥ずかしい。顔から火が出そうだ。目を合わせられない。
「どうしたの?」
前髪を上げて、もう片方の手で、俺の額に触れようとする。
「ま、待ってっ!」
彼女がビクリと震える。手の動きも止まった。
「ご、ごめんなさい。わたし、つい癖で…」
「いや、良いよ。ハッキリ言わない僕が悪いから。……でも、ごめん。やっぱり恥ずかしいな」
よしっ、と頬を張り、気合いを入れ直す。
そして、深く頭を下げながらお願いした。
「鹿島真墨さん。僕と、友達になってください!」
ああ、僕も彼女と同じで、どうやら不器用みたいだ。
「……」
彼女が息を呑む。数秒間の静寂の後、
「うん。……喜んで」
顔を上げると、恥ずかしいながらも微笑んだ彼女がいた。
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