読み取る。彼女の日課。

鹿島真墨は所謂、お隣のクラスの人間だ。


ボサボサの髪は墨のような色。黒よりも若干薄くて、グレーよりも濃い。


瞳も、これまたおんなじだ。


身長は154センチくらい。髪は後ろが腰まであって、前髪は目元を覆い隠すほど。


そのせいか、メガネをかけているということを知る者は意外と少ない。


やかましいっ! が口癖。


サイコメトリーを使える特殊能力者で、読み取る時は身体が若干震える。何故かは知らない。


この学校では『魔女』と呼ばれている。



***



「はぁ? 鹿島真墨と昼飯食ったぁ?」


声デケェよ。



僕の目の前にいる男の名前は玉木たまき海斗かいと


ルックスも良いし、顔も良いんだけど、指を鳴らすという癖のせいで鬱陶しがられている。



「へへぇ、あの『魔女』とねぇ?」


「魔女? あれって隣町の高校生・・・・・・がそう呼ばれてるんじゃなかった? 鹿島にもそのあだ名がつけられてるのかよ」


「高校生つっても、もう卒業してんの。たぶん今は大学生じゃねえかな? ほら、あの噂って俺たちが中学の時だったろ?」


パチンと玉木が指を鳴らす。


「それに、だ。隣町の魔女はやたらと嫌われてたのは知ってるな? 鹿島はあのナリだし、あの性格だけどよ、割と嫌われてねぇんだわ。なんたってアイツ、スゲェ特技持ってんだからよ」


僕は二人を隔てる机から身を乗り出して、さらに問い詰める。


「何なんだ、その特技って?」


「近ぇよ。寄るな、気色悪い!」


シッシッと追い払われたので、仕方なく退いた。


「んで、だな……」


「鹿島の特技の話だよ」


「分かってんだよ! いちいち喋んなっ!」


それでだ、と仕切り直す。


「特技っつーか、日課らしいけど。アイツ、人の落し物を持ち主に返すなんてことやってんだよ」


そして、人差し指を立てながら、


「しかも、百発百中と来た。どうだ、凄くねぇか?」


おおっ、サイコメトリースゴイ!


内心、彼女の凄さを実感していた。


「へぇ、興味あるね」


もちろん、そんなのは顔に出さないけど。


「そっか。なら放課後に落し物ボックスで待ち伏せしてみろ。鹿島が現れるかもな」


「有益な情報サンキューな。玉木」


「おう。これでプラス貸し1な。今、貸しは21だから…」


「分かったよっ! なんか奢れば良いんだろっ!」


ニヒヒと笑う玉木を恨めしく思いながら、僕はホームルームを迎えた。



***



そして、放課後。


例の落し物ボックスとやらに、わざと自分の物を入れてみた。黒いシャープペンシル。


単なる好奇心だ。落し物はこの黒いシャープペンシル一本だけ。


逆に怪しまれそうなものだけど…




「あ、来たっ」


長い髪をゆっさゆっさと揺らしながら、颯爽と登場する鹿島。


口元が僅かに綻んでいるのは、気のせいでは無さそうだ。


「……?」


落し物がシャープペンシル一本だけなことに疑問の表情が浮かんでいるが、それを手に取り、読み取る。


「読み取った……」


その合図を聞いて、僕はその場から全速力で離れる。


シャープペンシルにはこう念じておいた。



──────1-3の教室で待つ。



僕はただ、二人で話がしたかった。


何故、あんなことを……。


鹿島。キミはなんのために?



***



手に取った黒のシャープペンシルに宿っていたのは、わたし、鹿島真墨に対する挑戦状だった。



──────1-3の教室で待つ。



「しょーもない……」


あのクラスで思い当たることが一つ。



それは、彼の存在だった。


尾上おのうえ春樹はるき


昨日ラブレターを送って、フラれてしまった少年。


同情はするけど、わたしから見ても彼と彼女が付き合うのは無理があった。


片や学校一のマドンナ。


片やクラスの一男子。


雲泥の差であるのは一目瞭然。誰の目にも明らかだった。


言うなれば、彼は負け組だ。勝手に突っ込んで玉砕したモブキャラだ。


そして彼女は、数十人からのアプローチをするりと回避した挙句、学年一の美男子と付き合うのだ。


相場はそうと決まっている。




いつもなら気にしないのだが、今回は何故か訳が違った。


前日、運悪く告白の現場を見てしまったわたしは、すぐに確信した。



──────ああ、これは失敗するぞ



翌日、まさにその通りになった。


言わんこっちゃない、身の程知らずめ、と思わずにはいられなかった。




そして同時に、その結果が一つの嫌な予測を生み出した。




──────彼が、自殺するのではないかと。



***



「あなた、自殺とかしようとしてない?」


「おっと……」


椅子から転げ落ちそうになった。


開口一番これだ。この子は何を考えている? 


もう少しオブラートに包むとか出来ないのか?


「誰がするか! 僕は告白して玉砕したからって死ぬようなタマじゃない!」


僕はムキになって反論した。


「そうよ! あなたは哀れに、惨めに玉砕したのよ!」


鹿島の顔がみるみる紅潮していく。こんな大声を出すなんて、意外だった。


「やめろよ、詳しく言わなくていいよ! 悲しくなるだろっ!」


「事実でしょっ」


「何なんだよっ! 助けたいのかそうじゃないのか、はっきりしろや!」


言葉の応酬が続く。というか、最後らへんはただの悪口だったじゃないか。


「と、とにかく! 僕は死なない。声かけてくれて、ありがと。嬉しかった……」


ダメだ。恥ずかし過ぎて、目を見て言うことが出来ない。心臓が早鐘を打つ。


「良い。死なないでいてくれるなら、それで……」


そう呟いた彼女の目は、ひどく寂しそうで、辛そうで、見てられなかった。


視線を逸らしている間に彼女が、近づいてきていた。


「あの、これ……」


彼女が差し出したのは、黒いシャープペンシルだ。


「あー、ありがと、う……」


おずおずと受け取る。恥ずかしいので顔はやっぱり見れなかった。


「また、明日」


彼女が、呟いて。僕が顔を上げた。



強い風が吹く。彼女の墨の色をした髪がサラサラと揺れて、顔がハッキリと見えた。


「んんっ……!」


彼女の方も僕をハッキリと捉えたのか、真っ赤になりながら踵を返して去っていった。



脳裏に焼き付いたあの一瞬の、彼女の戸惑ったような顔。


紅から、さらに夕日で染められた頬。墨の色をした髪と、瞳。


「すごく、綺麗だったなぁ……」


そしてもう一度思い出すために、机に突っ伏した。


時刻は午後五時過ぎ。今日も学校での一日が終わる。

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