読み取る。食べる。

その日は何だか気まずくなってしまい、変な噂が立つことも躊躇われたので、鹿島に自分から話しかけるようなことはしなかった。


ただ、まさか。




「……はむ、んっ、はひゅ、はむ」





カチカチ、カチカチ





「ん、くっ、ふぁ、ひぅ…あちっ」





僕の右斜め前の席で、ビーフシチューを頬張っているとは思わなかった。食堂の期間限定メニューじゃないか。羨ましい奴め。


しかも猫舌のようで、熱々のビーフに中々苦戦している模様。


カツ丼を乗せたトレーを机に置きつつ、様子を伺う。


「よう、サイコメトラー真墨」


鹿島のスプーンを動かす手が止まる。


「鹿島?」


「……」


彼女の目は、静かに、ただ明確な怒りを持って僕に向けられていた。


「ご、ごめん。怒るなよ。からかっただけなんだ…」




すると彼女の目から怒りが消え、ただ一言だけ、


「それ、やめて。そう呼ばれるの好きじゃない」


そう言われてしまった。




「分かった。向かい、良いかな?」


「勝手にすればいい」


そう言って、ビーフとの格闘を再開する鹿島。


俺は苦笑しながら、席を変更。鹿島の真ん前に来た。


すると鹿島が驚いたらしく、目を見開いた。


「……本当に来ると思わなかった」


「ちょっとだけ話がしたいから」


カチカチ、カチカチ


「む…」


スプーンの音に釣られ鹿島の皿に目を向けると、もう三分の二ほどのビーフ達を片付けていた。


だがその代償は大きかったらしく、水の入ったコップを片時も手から離せないでいた。



「はふっ、あむ、あちっ……」


「ふふっ」


「なに?」


こっちを半眼で睨んでくる。


「いや、よく食べるなぁと思ってさ」


「当たり前。わたしも人間。食べなきゃ死んじゃう」


「なるほど。ところでさ、僕の思考、読んだんだよね? どうだった?」


「最悪。もう読みたくない」


あの時の僕は少々ヤケクソだった。


「おっと、いただきます」


そろそろ食べ始めないと間に合わないので、僕もカツ丼に手をつける。


一口目を食べようとしたところで、口を半開きにした彼女と目があった。


「食べるかい?」


そう言って、カツレツを一切れ差し出す。


彼女の表情が面白くって、ついイタズラをしたくなった。


「や、やかましい! 別に欲しくなんてないっ!」


「うおっ!」


今のは中々デカイ声だった。しかも悪いことに周囲の視線がこちらに向けられている。



「あ、ぅ……」


彼女が周りの視線に気づいて硬直してしまう。


ちょっと、マズイな。


助け舟、出すか? 出せるか?


「なぁ、鹿島」


そっと囁く。ギリギリ聞こえるように。


彼女がハッとして僕の方を見る。


「な、なに?」


その目には、緊張で今にも逃げ出したいと書いていた。


「キミのサイコメトリー、どうやって使ってるの?」


「手で、触って」


「人にも効くの?」


彼女はこくっ、こくっ、と頷いた。


「人の頭に触れば、読める…」


僕たちの内緒話は、誰にも聞こえてないはずだ。


「そっか、じゃあ、借りるよ」


彼女の左手首を掴み、僕のこめかみと接触させる。


「ふぇっ!」


「……」


白い手だ。スベスベだけど、少し汗ばんでいる。


「何、考えてるのよっ…」


あ、考えを読まれた。


顔が赤くなり始めている。あ、彼女は困惑しているのか。


「み、みんな見てるよぉっ…」


口に出すなんて、可愛い奴。


「そんなの考えないでよ、ばかぁ…」


彼女がふるふると首を振る。イヤイヤしてる子供みたいなだった。


「は、はなしてよ…、んっ…」


彼女の体がピクッと跳ねる。


その声が大きくなってしまう前に、手を離した。


「…っは、はぁ、はぁ、あー…」


「……」


彼女の反応があんまりだったので、僕は黙り込むしかなかった。。


彼女の後ろを見ると、生徒達は僕たちにはもう目もくれないようだった。


「チャイム、鳴るよ。そろそろ戻れば?」


僕が時計を指差す。始業まで、あと10分もない。


彼女はハッとして、思い出したようにビーフシチューの残りをかき込み、立ち上がった。


「んっ、そうする……。それから、無理矢理手を当てるの、やめて。急に来たらどうなるか分からないから」


そう釘を刺してくる彼女の顔は、まだ頬がほんのりと赤かった。


それが可愛くて、思わず視線をカツ丼に下げる。


「ごめん。じゃ、また」


その声はひどく小さかった。


彼女は返事もせずに、トレーを持って去っていく。







──────ようやく食べられる。


そう思って、カツレツを一口。


僕は目を見開いた。


「なっ、冷めてるっ!」


周囲から笑い声がちらほら。でも、僕はそんなの気にしなかった。






彼女との会話の代償は、冷めたカツ丼と授業の遅刻だった。

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