読み取る。感じる。

「誰?」


僅かに、机を揺らす音が聞こえた。そして、少し詰まるような呼吸音。


六月二十四日。


朝の七時、四十七分。


この時間帯には、誰も来ないはずなのに。


まずいな、と思った。


あのラブレターは、見られたら、まずい。


「誰だ、君は?」


返事はない。


だから僕は、勢いよく振り返って、誰なのか確かめた。


間に飛び込んできたのは、意外な人物だった。


「え……、鹿島?」


ボサボサの腰まで届きそうな長髪に、表情は前髪で隠れて読み取れない。


メガネをかけているのが薄っすらと確認できた。


そして時々見え隠れする目は、机の上にある便箋をしっかりと捉えていた。


そのままトコトコと僕の机の前まで歩いてきて、その白い指で、便箋に触れた。


「んっ……!」


鹿島の体が僅かにビクンと震える。


「ん、あっ!」


ピクッ、ピクッと不規則に痙攣を繰り返す。


十数秒くらいそうしていただろうか。


彼女が体を荒く上下させながら、便箋から手を離した。


「……ちがう、これじゃない」


そう言うと彼女は一切躊躇うことなく、便箋の封を開けた。


さすがに僕は、彼女の暴挙に黙っていられず叫んだ。


「お、おいっ! 何してっ……!」


止まる気配は無い。彼女がラブレターを取り出した。


そして、開く。


「やめろよっ!」


彼女から奪い取りに動く。


手を伸ばし、彼女から手紙を奪い取ろうとした寸前で手を止めた。


「な、え……?」


彼女は手紙の文面に目を通すことなく、指先で文字をなぞり始めた。


「んっ……! あ、くっ……!」


また痙攣し始めた。口から漏れ出した声は嬌声になっていく。


「ふぅっ、うぁ……んっ……!」


体をくねらせていく。時間が経つごとに、文字をなぞる動きがだんだんと速くなっている。


「お、おい……」


僕は胸をキュッと抑える。


呼吸がだんだん荒くなるのが分かる。


身体が熱くなるのを止められない。頭が、ぼーっとした。





それが十数分続いたあと、かろうじて覗き見える瞳をとろんとさせながら、ふらふらとした足取りで、彼女は僕の方へと近づいてきた。


制服のネクタイを掴まれ、そのまま上に締め上げられる。


「なぁ、なんだよ!」


「ねぇ、フラれた? もしかして」


髪の隙間から見える目は、もう普通に戻っていた。


さっきまで喘いでいた子の表情とは思えない。


「はぁ、なんだよいきなり!」


そっぽを向く。僕の心を悟られたく無かったから。



***



そして、先ほどの行為を眺めていたせいで、僕の体はその、限界を迎えていた。


「ん……?」


首をキリキリとゼンマイ人形のように動かして、鹿島の方へと視線を戻す。


相変わらず僕の顔を見つめたままだ。


「……」


一言も発することなく、白い手が伸びる。


その手は、僕の額へぴと、と当てられた。


「なんだよ、邪魔だなぁ」


手を払いのけようと腕を動かす前に、


「感じた」


その一言で、僕の動きは止まってしまった。


「何を?」


「あのラブレター、すごい良かった。『好き』がいっぱい感じられた。でも、今のあなたはなに? あの気持ちがカケラも感じられない」


なんだよ、コイツ。知ったような口を聞くな。


「キミに何が分かるんだよ。カケラも感じられないって当たり前だろう。キミの言う通り、僕はフラれたんだ」


──────もういいだろ。


そう言って額に当てられた手をやんわり掴み、下ろす。すると自然に、ネクタイを締め上げる手も離れた。


そのまま鹿島の隣を通り抜け、振り返る。


「鹿島ー、何だっけ?」


制服の着崩れを直しながら、鹿島に問いかける。


僕の方を振り返った彼女がキョトンとした顔をする。


「下の名前。…京子、だっけ?」


「ちがう。真墨ますみ


全然違った。カスリもしてない。


内心、自分の記憶力の無さには辟易するけど、そんなものは顔に出さない。


「そうか。じゃあ、鹿島。キミ、変態なの?」


その一言を聞いてワンテンポ置いたあと、彼女の顔は面白いくらいに真っ赤になった。


「わぁ、真っ赤だ」


「や、やかましいっ! あ、あれは自然現象っ!」


こっちをビシッと指さして、早口で言う。


「そっか。自然現象で喘いじゃう変態さんか」


「う、うるさい! あのラブレターがいけないの……」


「は? なんでラブレター?」


いや、待てよ。直前に何か言って……





──────『好き』がいっぱい感じられた。





「好きがいっぱい感じられた。か」


「そう。それ。私はサイコメトリーを使える。触れた物に込められた人の想いを、読み取れる」


それなら、彼女の行動も合点が行く。


「そうか! じゃあ、僕の手紙をなぞったのも!」


「あなたの、ラブレターに込められた想いを読み取りたかっただけ」


って、当たり前のように言うけど、よく分からない。



***



この子は、鹿島かしま真墨ますみは、何を考えている?


サイコメトリー 。


物の残留思念を読み取るというその力で、キミは何をしようとしているんだ?

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