第5話 彼女と同棲

 旅行から帰り、少しして彼女は再び田舎に帰った。

 それから数日後、彼女はこちらに帰還。

「おかえり」

 そう言って彼女を出迎える。

「ただいま」

 彼女は淡々と返す。その顔はどこか吹っ切れたような表情を浮かべていた。 

「……お疲れ様」

 私がそう言うと、彼女は彼女らしくない、弱々しい微笑みを浮かべる。

「そうね。……少し疲れたかしら」

「……とりあえず、ご飯でも食べに行く?」

 時刻は昼過ぎ。ちょうど私もお腹が空いていたし、彼女にそう提案する。

「……そうしましょうか」


 私たちはファミリーレストランに到着。言葉少なに昼食を食べた後、ドリンクバーでだらだらと時間を潰す。

 彼女は普段よりも口数が少ない。私は、どうしたものかなあ、とこの場における振る舞いを思案する。

「……田舎に帰ったこととか、聞かないのね」

 彼女が唐突にそんなことを言うので、目を丸くする。

「……聞いた方がいいの?」

「まあ、どちらでも」

 彼女はそう言って黙り込む。彼女は、どちらを望んでいるのだろうか。

 彼女は窓の外を見ながら、メロンソーダを少しずつストローで吸い上げていく。

「田舎、どうだったの?」

 沈黙に居心地の悪さを感じた私は、結局尋ねてしまった。

「まあ、田舎だったわね」

「お、おう」

 彼女の答えにどう反応すればいいかわからない私であった。

 彼女はメロンソーダを飲み干す。空になったグラスに、氷が三個ほど残っていた。

 再び沈黙。しばらくすると、グラスの氷が溶けて崩れ落ち、からり、という音を鳴らす。

「……ねえ」

 彼女がぽつりと切り出す。

「どうしたの?」

「一緒に住みたいんだけど」

「ああ、なるほどねー。それもいいよね。……………………へ?」

「うん」

「えっと?」

「うん」

 私の言葉に、彼女は二度首肯。

「あ、うえぇぇっ⁉」

 彼女の言葉、その意味を把握した私は、思わず大声を出してしまう。店内にほとんど人がいないのが幸いだった。

 彼女の唐突な申し出に、面食らう。彼女を見ると、平然とした様子で私を見ていた。

「ま、また急にどうして」

「いや、一人は怖いなって」

「…………どういう理由だそれは」

 私が訝しんで問うと、彼女は微笑む。その微笑みは、いつものようなものなのか、そうではないのか、判然としない。

「……嫌かしら」

 彼女がまっすぐ私を見据えて、そう言う。

「いや、嫌じゃないけどさ……」

 同棲。彼女の提案を私はまだ消化できていなかった。

「一人が怖いの。夜が怖いの」

 彼女はそう切り出し、話を続ける。

「夜の暗闇に飲み込まれて、自分が消えてしまうんじゃないかって。自分以外の体温がない室内にいると、そんなことを強く思ってしまうのよ」

「……なるほど」

 そんな考えを抱いてしまうことは、私にもあった。とはいえ、彼女と私の考えには、その深さと質量に雲泥の差があるだろうけど。どちらが多いのかは、言うまでもないだろう。

「だから、私は誰かと……、いや、あなたと一緒に暮らしたい」

「それは、どうして?」

「それはあなたが、あなただから」

「……えーと?」

 彼女の言葉はどこか抽象的で、私はそれを把握するのに少し困る。

「あなたが、あなただから。私が好きなあなただから。私の価値観を否定しないあなただから。私がこの人生において、誰よりも一番一緒に過ごしたあなただから。……あ、この誰よりも、は血縁関係を除きます」

「……その補足は言わないでもわかる」

 彼女にそう返しつつ、内心は嬉しいような恥ずかしいような気持ちでいっぱいの私であった。

「で、どうする? 棲む、棲まない?」

 感情の対処に困っている私を知らないで、あるいは敢えて無視して、彼女はそう問う。

「…………わかった」

 私はぽつりとそう言って、小さく首肯する。

「一緒に、棲みましょう」

 私がそう言うと、彼女は嬉しそうな笑みを浮かべる。そんな彼女を見て、まあこれでいいか、と思ったのだった。


                 ○


 再び電車の景色に。彼女は景色を見飽きたのか、目を閉じて寝息を立てていた。

 そんな彼女を見つつ、彼女との日々に思いを馳せる。

 彼女と一緒に暮らした毎日は、とても幸せなものだった。

 それと同時に。

 彼女の中にある、マグマのように熱い、粘性の闇を強く感じ取る毎日だった。

 穏やかに眠っている彼女を見つつ、彼女についての色々なことを考える。

 やがて電車は、何度目かのトンネルへと入っていく。

 おそらく、この電車がトンネルに入るのは、あと数回しかないだろう。

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