第20話

 少年は無言でナイフを受け取る。今の言葉に頭が追いついていないが、条件反射的に受け取ってしまった。

「別にわしが仮面の連中と言うわけではない。わしがやったのは情報を流したのじゃ。」

「それは俺たちの住処をばらしたってことか?」

 着物の少女がそんな事をして何か有益な事もあるわけでは無いだろうし、少年はイマイチ要領を得なかった。

「それよりももっと前じゃ。あの寺院にお宝がある、という情報を至る所に流したのがわしなのじゃ。」

 少年は思い出す。あの日兄貴が血相抱えて住処に飛び込んできたあの日のことを。あの時兄貴が嬉々として得た情報は、着物の少女が意図的に流した情報だったという事だ。

「正直、お主らの様な並外れた奴らがおるとは思わなんだ。何か小さな情報でも集まれば良い、程度にしか考えておらんかった。」

 着物の少女は兄貴の墓に向き直って言葉を続ける。

「謝って済まされる事では無いと分かっておるが、本当にすまんかった。わしは自分の好奇心でお主を殺してしまったのじゃ。」

 少年も兄貴の墓に向かって、今の話を頭の中で咀嚼する。そして少年は受け取ったナイフを兄貴の墓の前に突き立てて、地面を掘り返し始めた。

「何をしとるんじゃ?」

 少年の唐突な行動に着物の少女は軽く困惑する。罵詈雑言を浴びせられたり、それこそナイフで1突きされるものと思っていたから、着物の少女はそれ以上は黙って見ている事しか出来なかった。

「これ、もう要らないのか?」

 着物の少女のほうを見ずに、仁王の瞳を軽く掲げる。

「わしには過ぎた代物じゃ、わしの蒐集品には大きすぎるわい。」

 それを聞いた少年は、今掘った穴の中に仁王の瞳を埋めて土を被せる。そして少年は寒風を一身に受ける様に立ち上がった。

「俺は勿論、兄貴も何の後悔もない筈さ。例えお前にそんな気がなくて、それでもそのせいで俺らに危険が迫っても、俺と兄貴は我武者羅にお宝を追いかける事が出来たんだ。それは俺と兄貴にとってはあの空っぽな世界の中で見つけた希望だから、その…気にすんな。」

 少年は自分の言葉がこれ以上出てこない事に歯痒さを覚えたが、それでも一生懸命着物の少女に伝えたつもりだった。

 その少年なりの気持ちの整理や、励ましの言葉を理解した着物の少女は、ただただ少年に感謝するだけだった。

「すまん…ではないな。ありがとう、お主の心遣い感謝するぞ。」

 2人の間に無言の空気が流れる。しかしそれは気不味いものではなく、兄貴への黙祷を言葉交わす事なく行われていたからだ。ただただ沈黙が続く中、人工的な寒風が2人の身を縮こまらせる。少年は立ち上がり、着物の少女を家の中へと促そうとして後ろを振り返る、すると着物の少女はその少年の胸に抱き付き顔を摺り寄せる。

「お主は温かいのう、まるで陽だまりのようじゃ。」

 着物の少女の唐突な行動に少年は戸惑う、しかしそれは不快ではなく、少年も何か心温まるものを感じ、黙ってそれを受け入れた。少年に子供をあやすという知識は無かったが、幼子をの頭を撫でるように、着物の少女の髪に手を通す。それをくすぐったそうにコロコロと笑いながら、着物の少女は驚愕の事実を告げる。

「わしよりも年下の童に頭を撫でられるとはのう、案外悪くはないわい。」

「は?お前俺より年上だったのか!?そんな小さいのにか。」

 着物の少女は一転、ムッとした表情で少年を見上げる。

「背丈など問題ではないわい、わしもまだまだ成長期だからのう。今に見ておれ、お主が驚くほど成長してやるぞ。それにわしも女じゃ、お主の子供を授かる事も可能なのじゃぞ?」

 着物の少女の大胆不敵な告白に、普通の男ならドギマギせずにはいられないだろうが、そこは地上で生きるために必死で、余計な知識を蓄える時間など無かった少年には、何のことなのかさっぱり分かっていなかった。

「子供?仮面の奴らが捨てていったゴミ溜めの中から出てくるあいつらが、どうしたってお前と関係があるんだ?」

 着物の少女はニヤリと笑う。

「お主、女を知らんのか!まぁかく言うわしも知識でしか男を知らんでの。どうじゃお主、これからわしとしっぽり。」

 ごほん!と大きな咳払いが聞こえる。振り向くとそこには白衣の男が立っていた。2人を睨み付けるようにして、組んだ腕の上で指をトントンと叩いている。

「君たちのように若い子には、そういうのは早いと思うね、僕は。」

「なんじゃお前、こういう時だけ父親面しおって、普段は放任主義の癖にしゃしゃり出てくるでない。」

 着物の少女を抱きしめたまま、少年は驚いた面持ちで着物の少女と白衣の男を見比べる、この2人が親子なのかと。

 その少年の顔を見て白衣の男は、しまった、という顔をした。大事な家族を亡くしたばかりの少年に、この2人は実の家族だと知られてしまうと、居た堪れなくなってしまうのでは、と危惧していたのをすっかり失念していた。

「こやつはもう大丈夫じゃ。」

 少年の胸に顔を埋めた着物の少女は穏やかに言う。事実少年が次に発した言葉は、着物の少女の言葉を如実に表していた。

「じゃあ、俺たちみんな家族なんだな。」

 少年は白衣の男が思う以上に成長していた。ここに来た時は不安定な心を抱えた、非常に危うい、言うなれば常に綱渡りをしているような張り詰めた感じがしていたが、今彼の顔はここに来た時と同じ人物と思えない程に、清々しい顔をしていた。

「いつかわしはここを出て、地上をここと同じように人が住めるような土地にしてやるつもりじゃ。その時は、お主も側にいてくれ、お主とわしがおれば、百人力じゃ。」

 少年の顔には自信という名の笑顔が浮かんでいた。

 ここはもうすぐ冬が訪れ、季節が廻り命が芽吹く春がやってくる。その時この2人はこの冬に蓄えた力を、生命の息吹として地上へと運ぶのだろう。

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螺旋の眼差し ねこせんせい @bravecat

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