第16話

 少年が三度訪れた寺院。そこは虚像達が本格的に動き出してからというもの、がらんどうとしているのだが、嫌に不気味な雰囲気が漂っている。

「何か肌がピリピリする。」

 少年はスーツの上から肌を軽く押さえつける。これからやろうとしている事を考えると神経質になるのは当然なのだが、それとは違う、少年の勘のようなものが働いているのを自分でも感じていた。

「お前の感覚は人より鋭いからな、爺さん達も黙って座ってるわけないって事だ。」

 兄貴の言ってることは至極正しいが、少年の勘はガンガンと警鐘を鳴らしている。少年は恐る恐ると寺院の扉に手を掛け、警戒しながら扉を軋ませ開いていく。中に入ると妙に埃っぽい、いや、粉っぽい?と少年は感じたその時、急いで閉じかけた扉を思い切り開く。

 思い切り開いたことにより、外の空気と中の空気が一気に入れ替わる。そしてその埃っぽい空間に投擲物が投げ込まれた。それは地面に落下すると粉砕し、その周辺には炎が立ち上がった。

「なるほど、粉塵爆発というやつじゃな?お主よく気付いたのう。」

 着物の少女は感心した風に少年を賞賛する。

「粉塵爆発?何の事だよ。ただヤバいって事だけしか分かんねぇよ。」

 少年が奥の方に目を凝らすと、そこには申を象った虚像がいた。片手には着火剤、もう片手には液体の入った瓶を持ってあからさまに悔しそうな鳴き声をキーキーと鳴らしている。

「要は俺らごとこの寺院をぶっ飛ばそうとしたってことだよ。こんな燃えやすい所で火を使ってる辺り、爺さん達はもう手段を選ばず俺らを殺しに来てるぜ。」

 事実先ほど上がった炎は勢いを増して燃え上がり、辺りはジワジワと炎に包まれ始めていた。

「なぁ兄貴、これ放っておいたら兄貴達の言ってた機械も燃えて無くなるんじゃないか?」

 少年は名案とばかりに声を出す。

「いくら爺さん達が怒り狂ってるとは言え、それは無いだろうな。サーバー自体かその周りは炎程度じゃどうって事ないって事さ。」

「上じゃ!」

 少年と兄貴は同時にその場から飛び退く、すると今までいた場所には巳を象った虚像が落ちてきた。

「赤外線を感知出来るのはお主だけではないのじゃぞ?」

 着物の少女は得意げに巳を挑発する。奇襲に失敗した巳は機動力に自信が無いのか、その場で首を擡げて舌をチロチロと出しながら威嚇する。

「小さくても用心せいよ。単騎で奇襲をかけてきたという事は、そういう事じゃ。」

 兄貴と着物の少女は近づかないようにしながら、その小さな的目掛けて照準を合わせる。すると徐々に勢いを増していた炎の中から、寅を象った虚像が飛び出して兄貴の身体の上にのしかかる。兄貴はあまりの衝撃に地面に叩きつけられ、身体を両の前足で押さえつけられた。そして寅の虚像の背中には申の虚像が乗っており、兄貴が叩きつけられた衝撃で落とした拳銃をすぐさま拾い上げて、ニヤリと笑いながら兄貴に銃口を向ける。

「兄貴ィ!」

 少年が叫ぶか銃口から火を噴くか、どちらが先かは分からなかったが、弾丸は一直線に兄貴に向かって飛んでいく。

 その弾丸は兄貴の身体をすり抜け、地面に穴を穿った。今度は兄貴がニヤリと笑いながら言う。

「実弾だよ。」

「今じゃ、やれい!」

 着物の少女の掛け声と共に、少年は寅の虚像目掛けて光る拳を振りかぶる。それに反応した寅の虚像は、その大きな前足で少年の身体を引き裂かんと大きく振るう。それを好機と少年は寅の虚像の懐に潜り込み、下から突き上げるように拳を振りあげようとした。

「いかん!下がれ、2人とも!」

 着物の少女が叫ぶと、寅の虚像の前足から解放された兄貴と、寅の懐に潜り込んだ少年がまたも同時に飛び退く。近くには巳の虚像が忍び寄っており、今まさに少年の足に噛みつかんとするところだった。

「いい線行ってたと思うが、やっぱり一筋縄じゃいかないな。」

「出来れば今の交戦で1匹くらい倒しておきたかったんじゃがのう。」

 火の気が増す寺院の中で3人と3匹が睨み合う。少年は煙を吸わないように、小さく屈みながらボロ切れで口元を隠す。

「生身がいる以上、時間がかかるとこちら側が不利だ、一気に決めるぞ。」

 兄貴が素早くウイルス入りの拳銃を抜き、的の大きい寅の虚像に焦点を合わせる。しかしその隙に申の虚像と巳の虚像が、寅の虚像の背に乗り、炎の中へ消えてしまった。

 逃げる、という選択肢を取ると思わなかった一行は、虚を突かれた形になり反応が出来なかった。

「何がどうなってるんだ、兄貴。」

「分からん。が、取り敢えず追うぞ!」

「罠にも注意して進むのじゃぞ!」

 少年を先頭に燃え盛る寺院を駆け抜けていく。少年は額に汗をかき、それを拭いながら着物の少女に問いかける。

「なあ!これ俺だけ焼け死ぬんじゃないか!?」

 少年はカラカラに乾いた唇を舐め、身体に水分が足りていないことを感じていた。

「なぁに、わしの作った服じゃ、そう簡単に燃えたりせんわい。その服が燃える前にお主が干からびるほうが先じゃ。」

「頑丈に作ってくれてありがとうよ!」

 少年にはまだ皮肉を言うだけの余力はあっても、急激に体力が奪われているのは確かだった。茶化した着物の少女もそれに気付いており、作戦の中断も視野に入れ始めていた。

「相棒、当然まだいけるよな?」

「当然、死んだ兄貴に比べたら死にそうなことくらいどうって事ない!」

 着物の少女の心配を他所に2人は掛け合い、進んでいく。最早着物の少女が何を言っても止まらないのだろう。そう感じた着物の少女はそれ以上の言葉を噤む。

 最奥の扉まで来ると、その扉は微かに開いていた。そしてその扉に体当たりするようにして飛び込む少年。息も絶え絶えになりながら仁王の前まで行くと、そこで待っていたのは。


 辰の虚像が他の虚像達を貪り喰っている姿だった。

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