第15話
「これで爺さん達は俺達を監視する目を失った。このままの勢いで行きたいが、嬢ちゃんの持っている情報を使って敵の能力を知っておくのは大事だな。それと一旦。」
そう言って兄貴は、俺の足の側面部に付いているサイドバッグを指差した。
「腹ごしらえだ。」
俺は激しい戦闘でぺちゃんこに潰れた、パンに肉と野菜を挟んだ食べ物を口に放り込む。冷えて潰れてもこの味は格別だった。
「なんだお前、それ。」
兄貴は不思議そうな目で俺の食べている物を凝視している。兄貴にしてみたら、これが食べ物なのかすら分からないのだが、少年がこれが何なのかを正確に伝える術が無かった。
「こいつの住処で育ててる鶏って奴と、作ってる野菜ってやつを挟んだ、料理って言うやつなんだ。兄貴も一口食べてみるか?」
そういって調べ物をすると言って席を外している着物の少女を指差し、少年が食べかけのパンを兄貴に差し出すが、兄貴はそれを片手で制する。
「確かに興味はあるが、俺はもう飯を食えないんだ。虚像になると、それはもう生き物じゃ無い、腹を満たす必要も無くなるんだ。初めは便利かと思ってみたら、これが案外寂しいもんでな、あの仮面達の食い残しが懐かしいぜ。」
「こいつの住処で食べれるものは何でも美味いんだぜ、ただコーヒーとかいう泥水だけは苦くて飲めたもんじゃ無かったけどね。」
少年はその味を思い出して、気持ち悪そうな顔をする。
「ところで兄貴、いくらあいつ等が向こうから襲ってこないって想定してたとしても、こんなゆっくりしてて良いのかよ?」
少年は口の周りについた食べカスを舌でペロリと舐めとり手で拭う。腹も満たされて、いつでも戦闘態勢に入れる
状態になっていた。
「まぁ落ち着け、これからはお前のその拳が重大な戦力になる、しっかり休んで身体を休めるのも大事なことだぜ。先頭切って戦うお前が腹が減って負けました、なんて冗談じゃ済まないからな。」
兄貴はそう言って手近にあった袋から装備品を出し、点検をし始める。1人だけ飯を食い、のんびりしている事に居心地を悪さを覚えた少年は、兄貴に向かってずっと思っていた疑問を投げかける。
「なぁ兄貴、虚像のやつ等って壁とかすり抜けたり空中に浮いたりしてたけど、兄貴もそれ出来るのか?」
兄貴は手元から目を離さないまま、んー、と間延びした声で返答をする。
「出来るっちゃ出来るが、実際実用性はあんまり無いんだよな、あれ。すり抜けれる最中には武器とか物を掴めなくなる上に、持ってるものはすり抜けられない。空中に浮いてもふわふわしてるだけで、空から強襲かけれるけど、それ以外には此れと言って利点が無いんだよ。それならこの姿のままの方が色々と慣れてるし、俺に合った戦い方が出来るからな。」
少年は虚像となって、あいつ等と同じ能力を得たと思っていただけに意外だった。
「多分あの爺さん達は、虚像化する時に自分の身体を捨てて、別の身体能力の高い生き物に挿げ変わったんだろうさ。実際さっきみたいに、空中や地下を見張られたらたまったもんじゃ無いしな。」
「あのジジイ共がそこまで考えてるとは思えんわい。あれは干支という、平たく言えば時間を表す動物達じゃ。その土地土地に根付いた生き物が象徴的な立場に居たみたいじゃな。」
何か口をもごもごさせながら着物の少女が会話に入ってくる。恐らく食事を取りながら調べ物をしていて、そのままの流れで戻ってきたのだろう。
「おいお前、残りのやつ等のことは何か分かったのか?」
少年は前のめり気味に尋ねる。これから戦うのは自分が主だってくるとなると、頭を使うのは得意じゃ無いが必死に頭に情報を叩き込もうとする。
着物の少女はレンズから光を放ち、壁に今着物の少女が見ている文献の映像を映してくれた。
「まずは敵として大して脅威でも無い奴からじゃ。卯と呼ばれる生き物はそもそも戦闘能力が皆無じゃ。これに充てがわれたジジイはご愁傷様じゃの。次は羊、こやつは体躯は小柄ながら突進力が高いみたいじゃが、お主が倒した丑と呼ばれる生き物に比べたら大した問題では無いのう。それに並んで亥という奴は突進力が羊より上のようじゃがお主の身体能力からすれば恐らく大した問題でもなかろう。」
「ちょっと待ってくれよ、幾ら何でも適当すぎやしないか?あいつ等がそんなに弱いわけないだろ。」
少年は着物の少女がサクサクと話を進めていくので、ついつい言葉を挟んでしまった。実際あれだけ警戒していた奴らがそんなに弱いとこちらが拍子抜けだ。
「そう言われても、わしの持っておる文献にはそう書かれておるのじゃ。物によってはわしのところで飼育しておる家畜のような扱いを受けている生き物もいるようじゃ。」
少年が腑に落ちない顔でいると、兄貴が整備を終えた武器を鞄に仕舞い、少年に言葉をかける。
「まぁ落ち着け、今話してるのは大したことない連中の話だ。これから先が本番だろ?」
兄貴はそう言って俺の頭を叩く。どうやら俺は兄貴に言われていたのに、また熱くなっていたらしい。
「その通りじゃ、ここから先は噛み付くのが得意な奴らじゃ。戌と呼ばれる奴は本来群れを成して生きていたみたいじゃが、虚像のジジイどもじゃ、群れなんぞ作れんから気をつけるのは鋭い牙からくる噛み付きじゃの。次は寅、こいつは並の生き物では無いようじゃ。爪は鋭く切り裂き、牙は肉を喰い千切る巨大な体躯の持ち主じゃな。分かりやすく脅威じゃのう。そして恐らくじゃが毒を持ってると思われるのが巳じゃ、体躯は小さく噛まれても大した脅威では無いのじゃが、物によっては噛まれただけで死んでしまうようなのもおるようじゃ。」
少年は喉をゴクリと鳴らす。生身の肉体を持ったのは自分だけで、その毒の標的になるのは自分だと思うと、気が引き締まる思いだ。
「ここから先は例外じゃな。」
「例外?どういう事だよ?」
「わしの知識だけでは対応が難しいという事じゃ。」
あれだけ妙な事に対する知識が深い着物の少女でも分からないとは、最早生き物としての存在が危ぶまれるなと少年は心の中で唸っていた。
「1つは申、こやつ自体は身体能力の高いお主の劣化版みたいなものじゃが、どうやら訓練された奴は道具を使えるようじゃ。」
それは俺たちが今準備している物と、同等のものを扱う事が出来る可能性があるという事だ。もしその中に兄貴の作ったウイルス入りの武器があったとしたら……。
同じ事が頭によぎったのか、兄貴と視線が合う。
「なぁに、心配いらねぇよ。嬢ちゃんも言ってただろ、能力はお前の方が上だ。見つけたらさっさと倒せばいいだけの話さ。」
兄貴は飄々としているが、俺からしたらまた1つ責任が肩にのしかかり、緊張感が一段増したような気がした。
そしてそんな様子も御構い無しに、着物の少女が歯切れの悪い言葉で続きを話す。
「最後の一匹なんじゃがのう……よう分からん。」
「よう分からんって……それの意味がよく分からねぇよ。何が分からないのかこっちも分からねぇ。」
少年は緊張感からか、少々言葉に棘があるのは自分でも分かっていたが、着物の少女への軽い苛立ちを抑えられなかった。
「所謂空想上の生き物。この世の中に存在しない架空の生き物らしいのじゃ。その大きさは空を覆い尽くすほど大きいとか、口から炎を吐き出すとか、鳴けば竜巻が発生するとか。わしもどんな生き物なのかさっぱり分からん。というかそんな恐ろしい生き物おったか?」
少年が映像を見ながら頭を巡らせていると、似たような感じだが、空を覆い尽くすような大きさには到底及ばない、蛇の兄弟みたいな奴が居た事を思い出す。少年は首を傾げ兄貴と着物の少女を見るが、同じくピンと来ていないようだ。
「まぁあの蛇の親玉みたいな奴だっていうなら、問題無い、炎を吐かれる前に倒してやるさ。」
敵の全貌もよく分からないが、少年は胸をドンと叩いて、根拠の無い自信で皆を鼓舞した。
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