第14話

 少年達は地上に出て、やや見晴らしの良い高所に陣取り、寺院のある方角を観察していた。目の良い少年を持ってしても、そこからでは寺院の様子など把握することは難しい。しかし着物の少女の蜘蛛型の機械には、望遠機能が付いている。

 着物の少女は何も無いように見える方向を向くと、鳥を象った虚像が寺院の周りを警戒するようにして飛んでいると言う。

「恐らく哨戒しておるのじゃろう。最早仮面の連中など信用しておらん状態じゃな」

 着物の少女がそう語る中、蜘蛛型の機械の頭にはさっきまで兄貴が使っていた銃の、二回りも三回りも大きな銃が装着されていた。そしてその銃の先には銃身を延長させる部品が取り付けてあった。

「なぁ兄貴、こんな遠い距離飛んでる奴に銃なんて当てれるのかよ?」

 少年は心配そうに兄貴に尋ねる。兄貴は少年の頭をグイッと下に押し込み、身を隠すようにする。そして兄貴は手元にある照明器具をパッパッと付けたり消したりを繰り返す。

「なぁに、簡単さ。あっちから近づいて来て貰えば良いだけの話だろ。」

 すると、すぐ様鳥を象った虚像がこちらに近づいてくる。

「何だあいつ、こんな明から様に怪しい光に近づいて来るとか何考えてるんだ?」

「彼奴等、仮面達を信用せんことで自らの首を絞めとるんじゃ。本来ならこんな小細工しとったら仮面の奴らに知らせて見に行かせたら良いんじゃがな、生憎こんな場所まで飛んでこれる奴なんぞ、今は一羽しかおらん。」

 兄貴が照明を完全に消しても、一直線に鳥を象った虚像はこちらに向かってくる。

「向きよし、角度よし、距離300、280、250……、速度を上げて来おった」

 ここまで来ると、少年の目にも見えて来た。鳥を象った虚像は物凄い速度でこちらに向かってくる。少年は手筈通りに、一定距離まで敵が迫って来たら迷彩機能のある外套を蜘蛛型の機械に被せる。そして少年は何も見えない状態で銃の引き金に指を掛ける。

「手ブレなんぞ起こすで無いぞ?わしの計算が狂ってしまうからのう。さてと、秒読み開始じゃ……。3……2……1……」

 少年は着物の少女の言葉だけを頼りに、後は指先に神経を集中し、言われた通りに引き金を引くだけだった。

 ドンという鼓膜をつんざく破裂音が聞こえたと思うと、手元にあった銃は衝撃でバラバラに弾け飛んだ。そして肝心の弾丸は綺麗な螺旋を描き、空気を切り裂いて鳥を象った虚像に向かって直進していく。

 鷹の眼を持ってしても、何も無い空間から唐突に弾丸が飛んできて、しかもそれが並ならぬ速度で向かって来た。緊急回避を試みるも時既に遅し。弾丸は回避した虚像の片翼を貫通し、翼を撃ち抜かれた虚像は力なく落下していく。そして地面に叩き付けられた虚像は暫く蠢いた後に、表面に施されていたウイルスによって消滅していった。

 兄貴は口笛を吹きながら、落ちていく虚像を見て満足そうに笑みを浮かべる。

「お主……誤魔化そうとしておるが、これは明らかに設計ミスなんじゃろ?そうなんじゃろ?」

 後ろに吹っ飛んだ少年に抱えられながら、着物の少女は恨めしそうに兄貴に問いただす。

「兄貴、流石に教えておいてくれよ。俺の手首が逝かれちまうかと思ったよ。」

「わしの作ったスーツを着ておるんじゃ、そう簡単にはお主が壊れたりはせんわい。お主はな。」

 2人から非難の目を浴びる兄貴だが、あっけらかんとした表情で武器の入った鞄を担ぎ、足早に次の目標地点まで向かおうとする。

「いやー参った参った。大型の虚像相手に準備していた武器が一発で壊れちまうとはなぁ。でもまぁ相手の目を潰したんだ、後はゆっくりと調理していくだけだな。こっからは頼んだぜ、相棒。」

 こちらを見ずに、手をひらひらと翻して先に階段を降りていく兄貴に、少年の苦笑いと着物の少女の溜息は聞こえてはいなかった。


「しかしこれで分かったな、あいつ等は自分達の能力をフルに利用し、それを過信している。人間の姿では出来ない事をメリットに変えてるつもりだが、俺等はそれを逆に利用してやるわけさ。」

 少年達は再び地下に潜ると、蜘蛛の巣のように張り巡らされた地下通路を、少年の記憶力を頼りに地図も無く進んでいく。

「力押しで来る奴らは、俺が全部やっつけてやるさ。」

 少年は自分の出番が今か今かと楽しみにしている様子だった。

「しかしこれで倒したのは丑、午、酉の3体。他の彼奴等はどう対処するかのぅ。」

 少年の肩に乗った蜘蛛型の機械は、先ほどの衝撃で関節が痛んでいないかどうかを確認するかのように、小刻みに身体を動かしていた。

「正確には後8体だな。」

「むっ?」

 着物の少女が疑問の言葉を繋ぐ前に、兄貴は少年にガスマスクを押し付けて、すぐ様被るようにと促す。

 少年は我が意を得たりと、ガスマスクを付けた後に、少し広がった空間に飛び込んで行った。するとそこは無数の通路への分岐点になっており、言うなれば四方八方から狙うには絶好の場所だった。

 少年がその空間に飛び込んだその瞬間、その通路から大量の鼠が押し寄せて来た。しかし少年は慌てる様子もなく、懐から取り出した複数の球体を指の間に挟み、球体を指で擦り合わせるようにした。するとその球体から見る見る内に煙が上がり、広がった空間には煙が充満していた。

「煙が収まったら教えてくれー。」

 兄貴のなんとも間延びした声が聞こえてくる中、鼠は痙攣しバタバタと倒れていく。

「殺鼠剤とは準備が良いのう。」

 すぐに察した着物の少女は感嘆の声を上げる。

 煙が収まった頃には鼠は全滅しており、その中には動けなくなっている鼠を象った虚像が居た。少年はそれを片手で掴み、掌から光を放ち虚像を握り締めて霧散させた。

「ドブネズミの縄張りにのうのうと暮らして来た鼠が入って来た所で、ドブネズミには敵いっこないさ。」

 少年は霧散していく虚像を振り払いながら、満足げに兄貴の元へ戻る。

「お主達は、彼奴がここで待ち伏せしているのが分かっておったのか?」

「まぁ大体はな。地下での暮らしは俺等の方が長い。勿論どこが危険なのかも当然理解してるつもりさ。」

 地べたに腰掛けた兄貴を少年が引っ張り上げて立たせる。虚像の姿の兄貴は、別に汚れる心配も無いのだが、座していた尻の部分をさっと手で振り払い、苦笑いする。

「しかし、虚像の姿になったとはいえ、律儀に弱点まで鼠と同じになるとは律儀な奴等じゃ。」

「ただ俺達には鼠くらいしか見た事がない。これから先は未知との戦いになるのが不安材料だな。」

 ここまで快調に進んでいるが、兄貴は僅かに顔を曇らせる。そんな兄貴を見て、少年はそんな兄貴の胸をグッと押し、視線が上がった所で着物の少女の方を指差す。

「へんちくりんな生き物に関しちゃ、こいつの右に出る奴はいないよ。丑とか午とか俺等には分からない名前まで知ってるからな。因みに鳥ってのは俺も見た事があるぜ。でもあいつ等、あんな早く飛べるのかな?」

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