第13話

「なぁに、簡単だ。俺が囮でお前等が逃げる、ただそれだけさ。」

 少年は何を言っているのか理解が出来なかった。この虚ろな姿になろうとも、兄貴と一緒にいれる喜びを、兄貴自らの口で否定して来たのだ。

「お前が思ってるほどこの身体は融通が利くもんじゃないんだよ。結局この身体は、あの爺さん達の使ってる技術を流用させて貰ってる。肉体の自由から解き放たれただけで、精神はここに縛り付けられてるのさ。」

 兄貴はまるで他人事のように、ニヤリと笑いながら話す。

「なぁに、こうやってまた会えただけでも暁光だ。お前とは別れの挨拶も出来なかったからな。正直、お前とこうやって話が出来て、生きていてくれただけで俺は満足だ。」

 少年の狼狽など御構い無しに、兄貴は言葉を並べていく。少年は兄貴を止めようと必死に言葉を探すが、兄貴の死に対する飄々とした態度から、何を言って良いのか分からなくなっていた。

 少年が言葉に詰まっているのを見かねて、着物の少女が2人の間に割って入る。

「それはあのジジイどものサーバーから、お主のデータを弄られる前に引っこ抜いて、こっちのサーバーに突っ込めば良いわけじゃな?」

「そいつは難しいな、あの爺さん達の懐に入るのは並みの仕事じゃない。いや、嬢ちゃんが並みって言ってる訳じゃあない。もう時間的に無理がある。」

 少年は先程から完全に置いてけぼりである。兄貴の為に何かしようとしているのは分かるが、自分の領分をとっくに超えている事だけは分かった。

「そもそも、そっちに俺を収容するだけの代物や、仮に持っていなかったとしたらそれを拵えるだけの時間があるか?爺さん達に俺等の居場所が割れてるこの状況でだ。」

「それは……。」

 着物の少女は口を濁す。それは兄貴の言っている事が正しくて、兄貴が自ら犠牲になるという事を実行しなければならないという事だ。

「それでも……。」

 蜘蛛型の機械が心なしか俯いた気がする。しかしそれでも、少女は何とか食い下がろうとする。

「やはり駄目じゃ。」

「おいおい、俺は今日初めてあんたと話したが、非合理的な考え方をするような奴には感じなかったぜ?」

 兄貴はまるで少年を諭すように語りかける。そして着物の少女は画面越しから、絞り出すような声で、ともすれば泣き出しそうな声で一言呟く。

「お主が帰らんと……こやつが悲しむ。」

 着物の少女は、レンズ越しに兄貴を見据え、その瞳は揺らいでいた。

 兄貴は下を向いて頭をボリボリと掻き、今度は着物の少女に変わって言葉に詰まってしまった。しかしものの数秒経つと、満遍の笑みで2人に向き合う。

「兄弟。お前、いい家族ができたじゃねぇか。」

 その笑いかける声は少年だけに向けてきた、家族にだけしか見せない心を許した笑みだった。しかしその笑みは、今は少年と着物の少女の2人に向けられている。

 兄貴は嬉しそうに笑ったまま、話を続ける。

「さっきも言ったが俺は1度死んだ身だ。しかもあの爺さん達みたいに、この姿になって永遠に死なない命なんてものにも興味無い。だからこの借り物の命、お前達の為に使わせてくれないか?」

「じゃが……!」

「いいんだ、もう。」

 今まで話に加われなかった少年が一言、その一言は諦観した声だった。しかしその顔には悲しみは無い。

「兄貴の顔を見れば分かる。兄貴は本気で覚悟して俺達を守ろうとしてくれてる。だから俺達も本気でそれに応えなきゃ駄目なんだ。」

 少年は無言で兄貴の前に立ち、グッと手を胸の前に差し出す。それを見た兄貴もその手を掴み、力強く握り返した。2人の意思は固まった。

「これが男の友情とか言う奴かのぅ、わしには到底理解出来んわい。しかしお主がそれで良いと言うなら、わしも全力でお主をわし等の所まで案内してやるわい。」

「それとお宝もな。」

 そういって兄貴は少年の胸を小突く。


 長居は無用と、兄貴と過ごし、兄貴の死を経験した住処を後にする。

 道中兄貴が今回の作戦の説明をしてくれる。

「爺さん達の虚像を動かしている根幹は、サーバールームだ。そこを破壊するのが目的だが、如何せんどこにあるのかはっきりとした場所は分かってない。そこでここにあるなけなしの爆弾、周囲10m程に影響のある電子パルス爆弾だ。」

「それが起動したらお主の兄貴は消滅するし、わしの機械も動かなくなるが、お主の記憶力と身体能力があれば、仮面達など物ともせずに撒くことが出来るじゃろう」

「本来この爆弾は、俺1人で起爆しようと思っていたが、お前らが手伝ってくれるなら百人力だ。相棒、最後の大仕事頼んだぞ。」

 そういって兄貴は力強く少年の肩を叩く。

 虚像の兄貴からも、機械の少女からも、本来は何の温度も感じないはずが、何故かそこから熱を帯びている気がする。

「して、お主はサーバールームがどの辺りにあるのか当てはあるのか?」

 着物の少女は当然の疑問を呈する。

「まぁ何となくだけどな。あれだけ厳重に警備している寺院だ、あそこにあるのはほぼ間違い無いだろう。正確な場所は……仏像の付近じゃないかと踏んでいる。」

「ほう、その心は?」

「あの爺さん達は自分達の命に執着が強い。そんな命根性汚い奴等が、本気で守ろうとしていたのがあのお宝だ。別々の所に隠した方が損害は少ないかもしれないが、命と同等に守ろうとしているものを分けて守るとは思えない。」

「そうなると自ずと仏像の付近になる訳じゃな。そうなると仏像の下か、もしくは……仏像本体。その可能性すら出てくるのう」

「ご明察、俺もあの仏像自体が怪しいんじゃないかと考えている。」

 少年は2人の軽快なやり取りに、仲間外れにされている気分を覚えながらも、2人が楽しそうに会話している事に嬉しさを感じていた。

 この計画がうまく行けば、兄貴は正真正銘影も形も無くなってしまう。しかしこの短いやり取りの中に、もしあの住処で3人で暮らしていたら。そんな想像を思い描いて嬉しくなってしまうのだ。

 あまり顔に出すと、兄貴と着物の少女に訝しまれてしまうのでにやけてしまいそうなのを必死に我慢する。

 今は、今だけはこの短い3人だけの時間を大事にしたい。少年はその時間を引き延ばすことなく、全力で駆け抜けていく。

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