第12話

「どうした?そんな泣きそうな顔して。幽霊にでも出会ったか?」

 そういってケタケタ笑う姿は、見まごう事無く兄貴その人だった。ただ少年は確かにあの瞬間を見ている、兄貴が仮面達に殺される瞬間を。そしてこの瞬間も目にしている、兄貴が虚像の姿になっている事を。

「兄貴……!」

「積もる話は後回しだ、取り敢えずは逃げるぞ。」

 兄貴は懐から眼鏡のような物を取り出しそれをかけると、今度は同じ懐から爆発物のような物を取り出した。

「そんなに長く保つもんじゃない、取り敢えず俺について来い!」

 兄貴が爆発物のような物を空中に投げると、それはボンっと控えめな爆発を起こした。すると空中にはキラキラと反射する金属のようなものが撒布された。すると先ほどまでこちらを付け狙っていた、犬を象った虚像や蛇を象った虚像が、その場でクルクル回り出したり、明後日の方向へと駆けていった。

「そこに転がってる蜘蛛の子も忘れるなよ!」

 兄貴はそういって駆け出す。少年も遅れまいと急いで転がった着物の少女やボロ切れ、後は手に入れた宝石を再び懐にしまい直す。

 兄貴は走るというより、何か浮遊感を感じさせる動きで細い路地をすり抜けて行く。少年は息を切らす事無く、兄貴の後を全力で付いて行く。聞きたい事は山ほどあるが、取り敢えず兄貴の後を追いかける事だけに集中していた。そしてとある路地の袋小路に辿り着くと、木箱の陰に隠れた、地下へと続く蓋を開けて少年に入るように促す。少年は何も言わずにその中に入り一本道を進んでいく。

 最奥に辿り着くと、そこには見慣れた風景があった。そう、少年と兄貴が長年使っていた隠れ家だった。

「よし、これでひと段落つくことが出来るな。さてと、色々と聞きたいことがあるだろう?」

「兄貴!あの時俺は兄貴を助けることが出来なくて、それで兄貴が死んだと思ったら生きてて、でも虚像みたいな姿になって!」

 少年は堰を切ったように言葉を吐き出す。それはもう言葉になっていなくて、後半は泣き出しそうな声になっていた。

「あーあー落ち着け、お前の言いたい事は大体分かってる。取り敢えず簡潔に話すと、俺は確かに死んだ。」

 その言葉を聞いた少年は、兄貴が死んだ瞬間が頭の中に再生され、心臓が激しく脈打つ音が頭に響いた。

「確かに俺等の拠点が襲撃されたのは予想外だったが、俺だって何の準備もしていなかったわけじゃないさ。」

 そう言うと、兄貴はボロボロに破壊されたコンピューターを指差す。

「あの爺さん達がやっていた事を調べ上げててな、人間には身体の中に色々な情報が入っているらしく、それを抜き出して、死んだまま生きる事が可能だって事が分かってたんだよ。」

 死んだまま生きていると言う事を言われても、少年には何が何だかさっぱり分からなかった。しかし現に兄貴が虚像として目の前に現れ、自分と話していると言う事実が、兄貴の言っている意味を何とか頭の中で繋げる事が出来た。

「お主、情報収集能力だけでも化け物だと思っていたが、よもやそこまで調べ上げ、それを可能にさせるとは……兄弟共々恐ろしいのぅ。」

 今まで懐の中にいた蜘蛛型の機械が、少年の肩までよじ登り、定位置に付いたところで話しかける。

「あんたがこいつの面倒をみてくれていたのか、本当に感謝してるぜ。いくら探しても死体は見つからないし、虚像達に殺された形跡も無いから、何処かで生きているとは思っていたが……。しかしお前、少し見ない間にいい顔してるじゃねぇか。」

 虚ろな姿の兄貴が、少年の頭をクシャクシャと撫でる。その瞬間少年の目からは涙が止まらなくなってしまった。

「まぁ、そう言うわけで、俺は爺さん達の技術を自分なりに応用して、殺される前から少しずつ自分の複製をコンピューターに作り上げてたわけだ。だから厳密に言えば、俺はもうお前の知ってる兄貴じゃ無いとも言える。」

 その言葉を聞いた少年は、そんな事どうでも良くなっていた。目の前には自分の事を見知った兄貴がいて、自分に語りかけてくれるのだ。本物とか偽物とかは、少年の頭では分からなかったが。目の前にいる虚像の兄貴は、確かに兄貴だと確信していた。

 そして少年はふと頭によぎった事があった。兄貴と、そして着物の少女達と一緒に過ごす事が出来れば、と。

 少年にとって、着物の少女達と過ごしたあの場所は、この仮面達に支配された世界での、命のやり取りから感じる生よりも、より人間として生きている事を感じる事が出来る場所だった。

「兄貴、兄貴がもし良ければ。」

「しっ、静かに。」

 兄貴が人差し指を唇の前に立てると、遠くから鼠の鳴き声が響いた。少年は安堵すると、着物の少女が画面の向こうで苦々しく呟く。

「兄弟の再開を邪魔するとは、彼奴等には情緒というものが存在せんのかのぅ。」

 少年が何のことかと思うと、今さっき入ってきた抜け穴から鼠を象った虚像がこちらを見下ろしていた。

「汝、我らに仇なすものなり。」

 少年が臨戦態勢に入ろうかというタイミングで、耳元でバンっという炸裂音がする。そして鼠を象った虚像のいる場所とは掛け離れた場所に弾痕が穿たれる。

 それを見た鼠を象った虚像が、キチチチとあざ笑うかのように喉を鳴らし、奥へと消えていった。

「ま、俺の腕前ならこんなもんか。」

 特段悔しそうな素振りも見せない兄貴。それを見た少年は兄貴の腕前を思い出す。兄貴は戦うことに関してはからっきしだったという事を。

 それを思い出した少年は小さく腹を抱え、なるべく声が漏れないように笑い出した。それを見た兄貴は、再び少年の頭をクシャクシャと撫で回し、この緊迫した状況で少年に対し、意地悪そうな顔で頭をグイグイと締め付ける。

「お前、今本気で笑っただろ。分かってんだぞ、後で覚えとけよ?」

 その言葉を聞いた少年は、先ほど言おうとしたみんなでの暮らしについては後で話せばいい、そう思って口角を上げながらも兄貴に対して真剣な目をして問いかける。

「それで兄貴、俺は一体どうすればいい?」

 その言葉には少年と兄貴の、言い表す事の出来ない絶対的な信頼感が見えていた。それを聞いた着物の少女は、少し拗ねたような口ぶりでわざと聞こえるように2人に声をかける。

「お主等、本当に仲が良いのう。わしという強力な味方がいる事を忘れるでないぞ。」

 それを聞いた少年は、蜘蛛型の機械の小さな頭を、人差し指でクリクリと撫でまわした。

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