第11話

「汝我らに仇なす者なり」

 11体の虚像に前後左右に加えて上まで取り囲まれており、少年は絶望の淵へと立たされていた。

 右手の光は既に失われ、虚像の放つ威圧感に押し潰されそうになる。

「おい……もうあの光みたいにあいつ等を倒す方法は無いのかよ。」

 少年はその間に何度も、腕に備え付けられた機能が回復することを願って起動を試み続けている。しかし少年の儚い望みは叶う事なく、何度カチカチと音を鳴らしても、光が戻ることはなかった。

 少女は機械越しに、声を潜めて耳打ちをする。

「無いことは無い……彼奴等は恐らく一斉に攻撃を仕掛けて、お主を一撃に付するつもりじゃろう。そのタイミングで左足の踵を思い切り地面に叩きつけるのじゃ。その後ボロ切れを頭から被るのじゃ、そうすれば、」

 少女が言葉を紡ぐ間も無く、虚像達が一斉に襲いかかってきた。少年はままよと思い切り踵を地面に叩きつけた。すると踵から物凄い勢いで煙が噴射され、辺り一帯は見る間もなく視界が遮られた。

 虚像達は目標を見失い、動きが止まった。表情などは読めないが、虚像達は確実に動揺していた。

 その時講堂の入り口から扉の軋む音が聞こえ、煙が一斉にそちらの方へ流れ出すのが分かった。それを見た虚像達は飛ぶような速さで突撃し、扉ごと破壊して外へと飛び出す。

 長い廊下を見渡すと、そこには誰もおらず、虚像達は再度動揺した。

 この数瞬で、この廊下を走り切ることは不可能。しかし少年の姿は影も形もない。虚像達は何を語るでもなく、各々が散開して少年を探し始めた。


「これは……あいつらからは、俺の姿は見えていないのか?」

「勿論じゃ、わしの作った光学迷彩というカラクリは、彼奴等程度の節穴では到底看破出来まい。」

 ボロ切れを頭から纏った少年の姿は、周りの風景と完全に同化し、その姿は側から見ても認識することは難しかった。

「じゃがこのカラクリも、そう長いこと動かせるものではない。今のうちにとっとと逃げ出すぞ。」

 虚像達が徘徊するも、光学迷彩の性能と、少年の猫のような忍び足が合わさり、少年の気配は最早存在していないようなものだった。

 少年が難なく寺院内の出口まで辿り着くと、そこで足が止まる。そこには虚像のうち、鳥を象った虚像、猪を象った虚像、虎を象った虚像の計3体扉の前で立ち塞がっていた。

 高所には窓はあるが、格子状の柵がはめ殺ししてあり、抜けるのは容易ではなく、鳥に発見されるだろう。

 唯一と言っていい正門は完全に閉め切られており、いくら少年の姿が見えなくとも、扉を開け閉めして出入り出来るような状態では無かった。

「流石にいくら彼奴等でもそこまで馬鹿ではないか。どうしたもんかのう。」

「……このカラクリであいつ等が見えてないってことは、あいつ等にも目があるって事だよな。」

 そこまで言うと、着物の少女は我が意を得たりと、カメラ越しでニヤリと笑う姿が想像出来る。

「存外お主も、そこまで馬鹿ではないようじゃのう。」

 相変わらず褒めてるのか貶しているのか分からない言い方だが、今となってはそれも着物の少女なりの褒め言葉だと分かってきた気がする。

 少年は初めに虚像達から逃げ出した爆弾のような、拳大の爆発物からピンを抜き、虚像達の目の前にそれを投げ入れた。

 それが地面に落下し、甲高い音を上げて跳ね上がる。それに反応した虚像達がそちらを向いた瞬間、それは激しい閃光と爆音を放ち、虚像達の目と耳の機能を奪い去った。

 虚像達は確かに感覚機能の一部を失っているのが分かり、明後日の方向を向いたまま身体を彼方此方に向けて突進し、暴れ回っている。

 少年は好機と見るや飛び出し、急いで扉を開ける。音を聞いて虚像達が駆けつけてくるだろうが、少年が扉をくぐるほうが圧倒的に早いであろう。扉を抜けると少年は頭の中にある地図を展開する。

 兄貴の作った地図と、それに改良を加えた着物の少女の地図。それ等が少年の足を迷いなく脱出路へと進めさせる。

 着物の少女の作った服の性能もあり、少年は自分の持てる能力以上の速さで仮面達の街を駆け抜けていく。

 少年は足を緩めることは無かったが、多少の安堵感を感じて後ろを振り返る。するとそこには鬣をなびかせ、蹄音を鳴らしながら追いかけてくる虚像の姿があった。

 少年は驚愕を禁じ得なかった。追いかけてくる虚像の速度もそうだが、何故こんなにも早く脱出経路を追いかけられているのか。すると懐からシャーという警戒音が聞こえてきた。

 ボロ切れを捲り上げると、その腰には縄状の虚像が張り付いていた。

「なんでだ、俺等の姿は見えなかったはずだろ!」

 少年は必死に振り払おうとするが、こちらからは触れることが出来ない。手が空を切る中、感情を感じさせない目をした蛇を象ったの虚像がニヤリと目を細めた気がした。

「此奴は蛇じゃ!物体が発する熱を感知することが出来る、失念しておった!恐らくはわし等が扉の前で様子を見ている間に忍び込んだのじゃ!」

 着物の少女は自分の失敗を悔い、ハッと気付く。

「不味いぞ、このまま行けばわし等の住処まで敵を案内してしまう!」

 それを聞いた少年は地面に足を踏ん張り、摩擦熱で地面に跡を残すほどの勢いで急停止する。

 そして見る間に追いついてきた馬を象った虚像が、大きく飛び上がり少年を飛び越えて進路を妨害する。後に続いて犬を象った虚像舌を出しながら牙をギラつかせている。どうやら足の速い虚像が先行して追いかけてきたらしい。

「戦えば勝ち目は無し。逃げれば一網打尽。万事休すじゃのう」

 いつもののらりくらりとした口調だが、着物の少女の言葉には、確かに焦りの文字が見えていた。

 少年はその言葉を聞き逡巡する。今の自分に出来る事は何かと。

 少年はその場に屈み、無言で肩に乗っている蜘蛛型の機械を懐に仕舞い、その背中に素早く宝石を括り付ける。

「お主、何をしておる!こんな訳の分からん事をしている暇があったら!」

 少年はその言葉を遮って、小さな声で早口で捲し立てる。

「俺がどうにかして奴らの注意を惹きつける、その間にこの宝石を持って出来るだけ遠くに逃げろ。上手く撒いたら俺もすぐに追いかけるから、出来れば奴らの目に付かない通気口にでも逃げろ。」

 そういって少年は自分の身体とボロ切れを使って死角を作り、蜘蛛型の機械を地面にそっと置く。

 そして少年は持ってきた中で、1番火力の高い爆弾をボロ切れから取り出し、蜘蛛型の機械を隠すようにしてボロ切れを脱ぎ捨てる。

「お主それは……!馬鹿者が、何をとちった真似を!早う戻れ!」

 その静止の言葉を振り切って、少年は叫びながら馬を象った虚像へと突撃していく。

 すると突然、馬を象った虚像の背中に何かが飛び降りて、しがみ付いていた。

 何が起こったか分からない2人だったが、馬を象った虚像はそのしがみ付いたものを引き剥がそうとして暴れ始める。すると背中に乗った何かが一本のナイフを取り出し、虚像の首にナイフを突き立てた。すると虚像とナイフはまるで空気中に溶けるように分解して霧散していった。

「やっぱりウィルス入りのナイフも、急拵えじゃ一回きりか。」

 その声と立ち居振る舞い。見た目は虚像のようにやや虚ろな姿をしているが、少年には間違いようの無いその人だった。

「兄貴ぃ!」

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