第10話

 静寂、そう表現するのが相応しいであろう古びた寺院。しかし少年にとっては、入ってからずっと何者かに監視されている感覚が肌の上に付き纏う。

 外観からは分からなかったが、中は思ったよりも広かった。そのだだっ広い空間には、哨戒している仮面達などはおらず、とても大事な施設な筈なのに、そんな様相を見せてはいなかった。

 左右に広がる通路や小部屋を無視し、少年は柱の陰に身を隠すようにしてするすると歩を進める。

「思ったよりも警備は薄いようじゃな、このまま何事も起きなければ良いがのぉ。」

 そんな事は有り得ない、少年の頭の中の警鐘がそれを告げている。

 見えていないがそこに居る、見られていないが視線は感じる、とても不気味な感覚だった。

 天井の梁を鼠が走る、そんな小さな音すらも漏らさず聞こえるくらいに少年の感覚は鋭敏になっている。

「お主も何か一言くらい話さんか、ずっとわし1人で話していては馬鹿みたいではないか。」

 少年にとっては、そのくらいの馬鹿が居た方が心に安寧を感じることが出来た。

「正直言って、こんな所に1人で居たくないくらいにビビってる。その調子で馬鹿みたいでいてくれ。」

 少年は心の内を素直に吐き出す。そうでもしないとこの得体の知れない圧力に潰されてしまいそうだった。

「何とも嬉しくない言葉じゃな。まぁよい、お主に黙っておれと言われるよりは此方とて楽じゃわい。そうじゃな、気分転換に関係ない話でもしてみようかの」

「お前はどうしてそう緊張感が無いんだ……別に気分転換したいとかそういう話じゃ無いんだよ……。」

 まぁ聞けと少年の言葉を遮る。

「わしが何故あんなに蒐集癖があるのかについてじゃ、お主もわしの部屋を見たのなら多少は気になるじゃろう?」

 確かに少年からしてみれば、何故あんなにガラクタの山を積み上げているのか不思議でならなかった。だからといって、本当に多少気になる程度で、特段聞きたいと思う内容では無かった。少年がそれを告げると。

「折角お主の為に気分転換になる話をしてやろうというのじゃ、ありがたい気持ちで聞いておけ。」

 着物の少女は少年の意向を無視して、訥々と話し始めた。

「わしはな、世の中の疑問全てを自分の手で解明したいのじゃ。お主達から見れば、あの蒐集した物は何の価値も無さそうな代物かもしれんが、わしにとっては数珠繋ぎのように全てが繋がっているような気がしてならんのじゃ。今となっては人が住んでいる場所はここだけであり、世界の全てはあのジジイ共の掌の上かもしれん。しかしそれらを紐解くことが出来れば、わしらは何処から来て、世界はどうやって出来たのか、それを知ることが出来るかもしれんと、わしは常々思っておるのじゃよ。」

 長い上に、何を言ってるのかさっぱりな少年は、ついつい欠伸を噛み殺してしまった。ここは敵の腹の中だというのに何とも緊張感に欠けることか。それをレンズ越しに見ていた着物の少女は、声色穏やかに少年に語りかける。

「お主はそれくらい気楽が良い。肩に力の入った状態で彼奴らを出し抜くことなど到底かなわぬからな。」

「……お前が何処まで考えて話してるか知らないけど、少なくとも今の俺には、お前がいて良かったと思えるよ、ありがとう。」

「やめておけやめておけ、お主がそんな殊勲な態度を取られると気持ち悪いだけじゃ。さっさと目的のものを盗み出して戻ってこい。」

 その言葉を聞いた少年は、例え目的が仁王の瞳だったとしても、自分に戻ってこいと言ってくれたことに熱く滾るものがあった。絶対に帰ろうと思える程に。

 気が付けばずっと感じていた視線も、縮こまっていた自分が作り出した偶像に過ぎなかったのではないかとすら思える。

 実際にはまだ自分を監視する気配はあるのだが、それを跳ね返すだけの気概が今の自分にはある。それだけ少年にとって、着物の少女は大きな存在になっていた。

 先程までは、いつまで続くのかと思われた長い通路も、このくだらないやり取りをしていたお陰か終わりを迎え、気が付けば大きな木製の扉の前に立っていた。

「ここが……目的の場所か?」

 少年は誰に問うでもなく虚空に話しかけると、両の扉に手をかけた。

 見た目の重厚感に比べ、扉は抵抗感無く開いていった。木の軋む音が奥の講堂内に反響し耳につく。

 少年は中を見て言葉を失う。そこには少年の10倍以上はあるであろう、巨大な仁王像が少年を見下ろしていた。そしてそれを守るかのように、3体の虚像達が少年と仁王像の間に割り込んでくる。

「汝、仁王の瞳を狙う者なり」

 そう言い放つと、虚像達は少年に向かって猛然と詰め寄ってくる。

「来るぞ!反対の手首に仕込んであるカラクリを起動せい!」

 着物の少女の言葉が耳に入ると、少年は回避行動を取りながら、すぐさま右の手首に付いていたスイッチを押す。するとブゥンと小さな振動音を感じ、少年の手が薄ぼんやりと発光している気がする

「それを彼奴等にぶつけてやれ!」

 牛を象った巨大な体躯の虚像が突進してくるのを、身を翻しながら避け、避けると同時に虚像の顔を思い切り殴りつけた。すると虚像の顔は霧散し、身体が倒れかけた所で全身が霧散した。

「なんだ、こいつらこんなに弱かったのか。」

 少年が拍子抜けといった表情でいると、着物の少女が偉そうに講釈を垂れ始めた。

「なぁに、彼奴等は思念体といっても所詮は人の作った模造品よ。わしらの中に流れている気の脈と、わしの作った振動を合わせることで、その効果は増幅して彼奴等のような実体を持たない存在でも攻撃することができ……。」

「要は殴れば死ぬってことだな!」

 着物の少女の話を遮るように叫んだ少年は、残り2体の虚像に向かって突撃する。そして微発光した右手を振りかぶると、2体の虚像は距離をあけるように後ろへと下がっていった。

「汝、我らに仇なす者なり」

 そういうと、残りの虚像はその場からスッと消えるようにしていなくなった。少年は肩透かしを食らい、少々不満が残ってしまった。

「折角あの時の借りを返してやろうと思ったのによ。」

「何を悠長にしておる!今のは彼奴等が油断して単騎で襲ってきたから良かったものの、残りのジジイどもに救援を頼みに行っていたら面倒じゃ。お主のような化け物でも相手が11体も同時ならば手間じゃ!さっさと行動に移さんかい!」

 少々いい気分に浸っていた少年は、喝を入れられてムッとするも、すぐさま手首からワイヤーを飛ばし、仁王像の顔に向かってするすると上昇していく。

 そして少年が仁王像の瞳の側まで行くと、木製の仁王像の右目に穴が空いており、丁度人の腕一本が通りそうだった。

 少年がその中に手を差し入れると、奥に何か球体があった。それを迷わず抜き取ると、それは少年が見た作り物の月を何倍も美しく磨き上げたような、宝石のような石が出てきた。

「汝、我らに仇なす者なり」

 羊を象った虚像が、仁王像の顔からヌッと現れ、少年に向かって強烈な体当たりを食らわす。

「彼奴等、逃げたフリをして機会を窺っておったのか!」

 少年の身体は空中に投げ出され、十数メートルある高さから落下していく。しかし少年はすぐさま身体を捻り、ボロの内側に石を仕舞い、両手足を使って地面へと激突する。

 少年の類いまれなる身体能力と、着物の少女が作ったスーツの力で、少年はほぼ無傷で済んだ。しかしその衝撃にスーツ自体が耐えきることは出来なかった。

 薄ぼんやりと発光していた右手は、ゆっくりと光を失い、その効果を失ってしまったことは少年の知識をもってしても明白だった。

 そして少年が顔をあげると、そこには11体の虚像達がこちらを見下ろしていた。

「汝、我らの秘宝を奪いし者なり」

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