第2話
チュンチュンと何か、聴き心地の良い音が聞こえる。そして微睡みの中で淡い光を感じながら、遠い日のような過去が頭の中をゆっくりと巡り出す。
「俺がお前の頭になってやるから、お前は俺の身体になるんだ。そうすれば俺たちは無敵だ!出来ない事なんてありゃしないさ。ただお前ばっかり危険な目に合わせるのがちょっとな……」
そんなことないよと頭を振り、色々情報を集めるのに危険な橋を渡ってるのを知ってると言う。
その言葉を聞いて、安堵したような、半ば喜ばしいような顔をして俺の頭をクシャクシャと撫で回す。その手には無骨ながら何か優しい気持ちがこもっているのが分かった。俺はそれが嬉しくてつい笑みが溢れる、そんな俺を見て兄貴もつられて笑い、いつしか2人は声に出してケラケラと笑いだした。
そんな思い出がゆっくりとフェードアウトしていき、少年は次第に目を覚ます。
そこは真っ白なシーツに包まれたベッドの上で、部屋の壁から天井までもが真っ白だった。僅かに鼻を突く消毒のアルコール臭と、身体中に巻かれた包帯が、ここがあの世では無いことを物語っていた。そして身体中に包帯が巻かれていることに気がつくと、忘れていた痛みが身体中をジワジワと蝕む。さらにそれに連なって最後の記憶が呼び覚まされる。
12体の虚像、謎の信号、着物の少女。
「何が一体どうなってやがるんだ……。」
少年が痛みを押しながらベッドに腰掛けて、過去と現在の情報を整理する。思考を巡らせていると、ふと頬を撫でる風が窓を軋ませ逃げて行く。少年がそちらに目を向けると、着物を着た少女が指の上に何かを乗せて、楽しそうに笑っている。
「彼女が君をここまで連れてきたんだよ。」
急に声をかけられ、そちらの方を向くと同時に、いつもの動作で懐にあるナイフを出そうとする。しかし今着ている服はいつもと違い、あのボロ切れのような服ではなく白い病院着だった。
急な動作で身体中に痛みが走り、口の端から呻き声を上げながら膝をつく。声をかけてきた男。無精髭で髪はボサボサ、お世辞にも綺麗とは言えないその見た目の男は、白衣のボタンをだらしなく開け、片手をポケットに突っ込みながら、もう片方の手で少年のナイフをヒラヒラとさせている。
「色々と物騒なものを持ち歩いてたみたいだからね、没収させて貰ったよ。それに命の恩人の1人に向かって、いきなり敵意剥き出しってのもどうかと思うよ、僕はね。」
どこか気の抜けた顔をして少年に語り掛ける白衣の男は、少なくとも少年が見てきたあの掃き溜めのような世界にも、仮面達が住む世界にも、どちらにも属さないような、少年からすれば食い物にされる側の人間であると思った。ただ今となってはそんな人間は殆ど見なくなっていたが。
「全身十数カ所の骨折、数え切れない程の打ち身、裂傷。よく生きてたもんだと感心するよ。ここまで連れてきた彼女に感謝するんだね。」
白衣の男はそのヒラヒラさせたナイフを窓の外に向けて指す。するとそこには肩にチュンチュンと鳴く生き物を乗せたまま、窓からこちらを覗いていた。そして勢いよくその窓をバンっと開ける。その動作で肩に乗せていた生き物が飛んで行った。空を飛ぶ生き物を初めて見た少年は、少女の勢いよりもそっちに目がいってしまった。それに気づいた少女は嬉しそうに少年の頭の中に浮かんだ疑問に答える。
「あれはな、雀と言ってじゃな!わしが復活させた生き物の一つじゃ!中々に傑作だと思うのだが、どうじゃ?気に入ったかのう?」
雀?復活?こいつは何を言ってるんだ。そう思った少年の頭の中の疑問に、今度は白衣の男が答える。
「彼女はね、自分が楽しいと思ったものは何でも作り出してしまうんだ、機械、乗り物、更に例えそれが生物だったとしてもね。ちなみにこの光は彼女が作り出した人工的な太陽に似せた光で、そよ風は不規則に風を送り出す機械で作らせている。擬似的な過去にあったこの世界を模してるんだね。」
太陽、その言葉は聞いたことがあった。この世界が黒い雲に覆われる前まで、世界中を照らしていた星という物があったという話だ。こいつは星ってやつも作れるのか?問題は俺がそれがどれくらい大事なのかが分かっていないということではあるが。
「まぁそんなことはどうでも良いのじゃ、お主が目を覚ましたことが何よりの朗報じゃ。お主が見聞きしたものをワシに教えるのじゃ、はようせい。」
いきなり高圧的な態度を取られたせいで、少年は訳も分からない中でカチンと来た。それを感じたのか白衣の男がまぁまぁと嗜める。
「お前さんは兎角口が悪すぎる。少年も訳が分からないままで混乱もしているだろうし、取り敢えずそうだな……」
白衣の男の言葉を待っていたかのようなタイミングで、少年のお腹が大きな音をたてる。
少年のガリガリの身体を見ていた白衣の男は、やれやれといった様子でナイフを金属の機械台に放り投げるように乗せて、頭をボリボリと掻きながら2人の顔を交互に見る。
「取り敢えずお互いの情報を整理しながら、飯でも食べるのが良いと思うよ、僕はね。」
飯という言葉に反応して、再び音を鳴らす自分の腹に対して苦虫を噛み潰したような顔をする少年。それを見てニヤニヤする着物の少女。そんな様子を見た白衣の男は大袈裟に肩を竦ませて、やれやれだねと言った。
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