第2話
池を黄色く染める
嗣志が加えた改良はこのようなものである。一つめは光球の威力の調整。幾種類かの素子を用い、流量の違いと気を流してから球として切り離されるまでの時間で、強くも弱くもできるようにした。ニつめは球の形状の変化。針のように細くすることで貫通力を上げたり、鳥のように紡錘形にすることで速度を上げられないだろうか。三つめは球の軌道。自動追尾は便利だが融通が利かない。意のままに曲げるか、追尾させず撃った方向に直進させられないか。そしてできた場合の使用感は。
山林を分け入り、
嗣志の目当てはこの先の湖にいる
嗣志の放った光球は、難なく鯈魚の頭を打ち砕き霧消した。速度と威力は申し分ないが、手甲が熱を持っていた。
「(ただ少し、熱いだけだ……壊れる様子はない……)」
嗣志は鯈魚の血抜きをし籠に入れると、次の獲物を探す事にした。
さらに奥に入り、草木の乏しい荒地で見つけたのは
「(狙い通り、外せたな……。そして今のは、少し速かったな)」
孟槐は嗣志に気づき、逃げずに威嚇している。実験はまだ続行できそうだ。
次は変形した光球の実験だ。通常量の気を込めた光球を紡錘形に変形させて、三つ連続で放つ。着弾点は孟槐の逃げ道をふさぐように、孟槐の足元を狙う。光球の軌道は一つめ二つめはまっすぐ、三つめは山なりに。連続する攻撃に身の危険を察したのか、孟槐は逃げていった。
「(まただ……)」
手甲が部分的に熱を持っていた。師の作ったものでは、このくらいの使用回数では異常は起こらなかった。不安を覚えたが、まだ試したい事がいくつもあった。
「(次を最後にしよう)」
ほどなくして孟槐が見つかった。こちらには気づいていない。嗣志は手甲に気を流す。通常の光球の何倍もの時間をかけて、大きな光球が形成されてゆく。人頭大よりふたまわりほど大きく膨らんだ時、手甲に縫い付けられていた玉の一つが急激に熱くなり――嗣志が術式を中断するより一瞬早く、玉に
嗣志が目覚めた時、嗣志の頭は三方を柔らかな肉に包まれており、庇のように頭の上に被さる何かが師の乳房であることに気づくのに数瞬を要した。すで空は紫色で、もつれ雲は橙色であった。目を巡らすと周囲に幾人かの仙女がいた。
「嗣志! 起きたのね」
心配気な声に、ああやはり我が師であったかと、霞がかった頭で思う。
「貴女にも協力してくれる方がいてくれたとは」
「何、憎まれ口をたたいているの。心配したのよ」
嗣志は身体を起こし、体内に違和感を覚える。自分の内に他人の気が満ちていた。それは普段から幾度となく触れてきた宵雪の気であった。彼女の最も得意な術は、このような癒やしの技であった。
嗣志は宵雪をはじめとした居並ぶ仙女に礼を言い、事情を説明した。自作の術具である手甲に不具合があったと。
「貸して頂戴」
宵雪に手甲を渡す。宵雪には小さいようで、縫い目に腕の肉が乗っている。宵雪が気を流すと、爆ぜる音がして縫い付けられていた玉の一つが飛んだ。
「ずいぶんと気の消費が大きいようね……それ以上の事は、わたくし術具作りはあまりよくわからないのよ。どなたかご存知なくて?」
宵雪のもとに幾人かの仙女がかけより、小鳥のようにやり取りがかわされる。詳しい者も詳しくない者も、賢い者も無知な者もいた。嗣志は今まで宵雪以外の者と関わる機会がなかったので、同じ物を見ても人によって解釈が違うのだという事を初めて体験した。やがて一つの結論が導き出された。
「この術具に組み込まれた回路は複雑過ぎて、気が回路を走るうちにどんどん消費されており、出力以上の気が使われる仕組みになっております。また、術の規模に素材の質が見合っておらず、収まりきらなかった気が漏れ出ております。これが熱の正体です。後者については、より上質な素材を使えばすぐに解決できるでしょう」
「回路についても、今日の実験の結果を踏まえ、一から見直すつもりです。助言、ありがとう」
「いいえ。よくできていますよ」
仙女たちの中で最も術具に詳しい者が嗣志を褒めた。
「それにしても嗣志。あなたどうしてこんなに遠いところまで来たの?実験ならば近くでも良かったはずよ」
宵雪に問われ、嗣志は籠を見る。そこに入れておいたはずの鯈魚はなくなっていた。嗣志が倒れている間に獣が持ち去って行ったのだろう。
「……単なる気まぐれです、我が師よ」
籠の中に残った鯈魚の羽根を掌で握り潰す。鯈魚の肉は憂さを晴らすという。近ごろいよいよ通いの男とうまく行かず
「もう黙っていなくならないで頂戴。わたくし、あなたに何かあったら生きてはゆけないのよ」
嗣志を叱る宵雪を先程の仙女がたしなめる。
「宵雪様。子供とは親の手を離れたがるものです。締め付けるのではなく、ある程度約束事を決めてその中で自由を許すべきですわ」
宵雪は視線を何度か揺らし、どう言うべきか考えでいるようだった。前髪を撫でながら少し考え込み、口を開いた。
「そう……貴女はわたくしよりも子育てには経験がおありのようね。先輩の言には従いましょう。嗣志、外門を出て山一つか川一つの内側までは許しましょう。日没までには帰ることと、わたくしが手を離せないときは、置手紙をするかここにいる誰かに言付けなさい」
嗣志ははい、と答えながら、日没までに戻りさえすればばれないように遠出できるなと考えていたが、仙女と目が合い考えを見透かされているような気になった。
自室に戻ると嗣志はすぐにいくつかの煎じ薬と粥を与えられ、寝かされた。窓は閉ざされ灯りも落とされたが、夜着の内に光源となる術具と文房具を持ち込み、今日の実験の結果をこっそり書き留めていた。
衝立の向こうで宵雪が湯を沸かしている気配がする。沐浴のための湯だ。この作業はいつも嗣志には手伝わせず、宵雪が一人でしている。沐浴が終われば、宵雪は男を待たせている
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