椿

 すべて嘘なんじゃないかと思う、と俺が言うと未だ顔色の悪いあんずは首を横に振った。もう気付いてるかもしれないけど、と前置きして、

「あれあたしのおねえちゃんなんだ。中山りんご。りんごとあんず、可愛いでしょ……」彼女は力なく笑って続ける。


 うち、神社やってるんだ。山の上の森山神社。りっちゃんには言ったけど、聞いてなかったよね。だってりっちゃんは高遠瑠樺に夢中だったもん……めんどくさいこと言ってゴメン、責めてるわけじゃないの。おねえちゃんは神社の忌子いみこ。バイトの巫女さんじゃなくて、そういう資格?持ってるんだって。うちには女しかいないから、おねえちゃんが跡継ぎなの。もしあたしが姉でおねえちゃんが妹でも多分おねえちゃんになったと思う。おねえちゃんはそういうチカラがあったの。だからおじいちゃんは昔からおねえちゃんに仕事手伝わせてた。みんなおねえちゃんに期待してて――あたしは真似して色んなことやったけど、ダメだった。みんなに見てほしかったのね。あ、ごめんごめん、高遠瑠樺の話だっけ。

 あたし知ってたの。腹磯の子は神様とか言ったけど、違うの。アレは良くないものなんだ。お爺ちゃんに腹磯の子とそれに魅入られた子に近付いたらダメだって言われてたのはほんと。おねえちゃんと違ってあたしには何もできないし、あたしもそうしようと思ってたけど、りっちゃんのこと好きになっちゃったから。アレがりっちゃんと過ごす時間をちょっとでも、ほんのちょっとでも減らせたら、なんか変わるんじゃないかって。でもダメだった。りっちゃんはアレに夢中になっちゃった。りっちゃん、あたしは礼本さんは大嫌いだけど、ほんとだと思う。りっちゃんはアレの顔と体が好きなだけ。好きだからなんでも良いふうに見えるの。ごめん、怒らないで。あたしとお姉ちゃんと礼本さん、三人だけが、りっちゃんに生きて欲しいと思ってるの、この村で。お爺ちゃんも、この村の人も、いつもみたいによそ者が連れていかれて終わりがいいって思ってるの。礼本さんのときは礼本さんの代わりに三谷さんっていう若い男の人が連れていかれた。それで。

 おねえちゃんだけはおかしいって言ってる。こんなの何も知らないよその人に押し付けるのはおかしいって。生贄みたいなのは変だって。ずっと準備してた。だからおねえちゃんに任せれば大丈夫。もうりっちゃんの家族のとこにも行って説明してると思う。だいじょぶだよお、絶対信じてくれる。お父さんは元からこの辺の人でしょ。それにおねえちゃんコワイでしょ。なんか言い返せない感じ。だから言う通りにしてくれる。お願い、りっちゃんもそうして。

 村の誰かがりっちゃんの代わりに死んでもいい、そんなの当たり前でしょ。こんな村大っ嫌い。早くなくなればいい。みんなあたしのことやらしい目で見て、あたしのことヤリマンって呼んで、それであたしもそうするしかなくて、大っ嫌い、ここの男なんて全員死ねばいい!……ありがとう、慰めてくれるんだね。やっぱりっちゃん、優しい。好き。

 へへ、ごめん、ちゅーしちゃった。嫌だよね。分かってる。いまりっちゃんはアレ以外欲しくないもんね。今だって全然、あたしの言うこと聞いてないでしょ。信じてないでしょ。りっちゃんはアレが一番だし、アレのことしか考えてないもんね。アレとえっちしたいんだもんね。きっと何かあったらあっちを取る。あっちに行っちゃう。おねえちゃんが「死にますよ」って言っても、アレと死んでもいいって思ってるから何とも思ってないでしょ。このまま無視しようって思ってる。あたしは、ううん、あたしだけじゃない、アレ以外のみんなはりっちゃんにとってどっかに消えて欲しい邪魔なものなんだよね。分かってる。だから――


 薄れゆく意識の中であんずの艶めいた唇が動くのを見た。



           ね む っ て て

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