第3話 彼女の謎

「不動産屋に行って確認してきたところ、やはり、ルームシェアだったようです」 

「まずいことになったな。我々はまだ地球人の生態にそれほど詳しくない。今回の調査対象も、まだ表層的なものだ。極めて短時間、地球人と接し、簡単な日常会話をこなしてデータを集めること。並びに、生活様式に関するデータを集めることが調査対象だぞ。同棲などまだ早すぎる」

「しかし、これはチャンスではないでしょうか」

 サダオは自信有りげにまくしたてた。

「ここで地球人との同棲が上手く行けば、我々の調査は飛躍的に進展することでしょう。地球人の危険性が低いのであれば、それほど憂慮すべき事態ではないと考えます」

「しかし、お前はまだ調査員としても若手だろう。同棲などして、過ちがあったらどうする」

「私もニーウ星調査員の端くれとして、責任は取ります」

 上司は、しばらく沈黙した後、やがて嘆息した。

「良いだろう。同棲を許可する」

「ありがとうございます」

「どの道、他の家に引っ越す予算はもう無いんだ。退路は無いぞ」

「お任せください」

「地球人と同居している以上、一応通信にも気をつけろよ。地球人から見たら、スマートフォンをいじっているだけにしか見えないとは思うが」

 サダオが持っているのは、スマートフォンに似せたニーウ製の通信機であった。通話の最中に、実際に声を発する必要は無く、液晶パネルにあたる部分に、指をあてるだけで、その指を通して相手との会話ができる優れものであった。


 思わぬ形で、女性と同居することとなってしまったが、彼女との交流次第で、今回の調査の成否が決まると言っても過言ではない。何はともあれ、良い関係を構築すべきであろう。サダオは、ここへ来て、今更ながらある疑問にぶち当たった。

 あの女性は一体、いつどこから来て、どこへ行くのか。昨晩、寝室でようやく対面したものの、普段はその姿を見ることがない。玄関から入ってくることもなければ、出ていくこともない。それに、トイレや風呂を使っている形跡も無い。サダオが事前に学んでいた地球人の生活様式とは、大分異なる生活を送っているようだ。

 これが地球人の多様性か。だからこそ、我々調査員が、その多様性を調べに来ているのだな、とサダオは一人合点した。

 サダオはまず、あの女性と再び接触できないかを思案した。彼女が頻繁に寝室に出入りしているのは間違いない。であれば、自分も頻繁に寝室に出入りすれば会えるのではないか。

 サダオは早速階段を上り、寝室の前に立った。

「ごめんください。失礼します」

 そう言って引き戸を開ける。だが、そこに彼女の姿は無い。

 サダオは考えた。このまま寝室に入って、ここで彼女を待つべきだろうか。いや、おそらくこの寝室が彼女の部屋、言わば縄張りなのだ。そこに勝手に入り込むのは、失礼にあたるのであろう。先ほど上司も言っていた。地球人には礼儀という概念がある。同居をする以上、相手に対して礼儀を欠かしてはなるまい。

 昨夜は、私が勝手に彼女の縄張りで寝てしまった。その上、彼女は深々とこちらにお辞儀をしていたのに、こちらは横になったまま自己紹介をする体たらくだ。この失礼な態度に、彼女は怒っていたのかも知れない。彼女のあの表情――暗くて顔自体は全く見えず、見えたのは血走った二つの目だけであるが――は、その内側にどんな感情を秘めていたのか、サダオがそれを想像することは難しかった。

 彼女が怒っていたと考えれば、自己紹介に対する反応が無かったことも辻褄が合う。自己紹介に対する沈黙は、寝室から早く出て行けという意思表示だったのであろう。出て行って欲しいのであれば、そう言ってくれれば話が早いのだが、地球人は、思っていることを口にしない特性がある。

 思っていることを口にせず、表情も読めない。サダオは改めて、地球人とのコミュニケーションの難しさを痛感した。

 勝手に寝室に入るべきではない。そう結論付けたサダオは、引き戸を閉めると、階段を下り、居間へと戻った。これまで通り、居間で生活をし、折を見て寝室を訪ねることにした。


 一週間ほどが経過したが、サダオはまだ一度も彼女に会えていなかった。居間に居ると、寝室から例の足音が聞こえることはしばしばあったが、その度に急いで寝室を訪ねてみても、そこに彼女の姿は無かった。

 妙だ。一体、彼女はどこから寝室に入ってきて、どこへ消えてしまうのか。この謎は未だ解けない。この謎が解ければ、非常に有意なデータが取れる可能性が高い、しかし、これにばかりつきっきりになっているわけにはいかない。調査期間が終わるまで、これを繰り返し、「結局彼女には会えませんでした。その他に、特に有意な調査はできませんでした。以上」等という報告をするわけにはいかない。彼女以外の地球人とも接触するため、屋外での調査も並行せねばなるまい。

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